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挑戦ーマカルー・アラウンド(23) 2014/12/21~ エピローグ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月21日(日)から24日(水)エピローグ

マカルーのアプローチはヌムまで自動車が入れるようになって楽になった。自動車が走るようになったのは3年前からと聞く。ついこないだまでチチラからトレッキングを開始するのが普通だったらしい。私たちは幸いジープでヌムまで簡単に着くことが出来たが、数年前だったらさらに1週間弱のトレッキングが必要だった。

ガイドのダワさん達は故郷のヌルムガオンから彼らの足でもカンダバリまで下りるのが大変だったと述懐している。
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(正装をしたシェルパ族)
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ジープは順調にカンダバリに向かっていたが、途中チチラでの検問で一悶着が起きた。ジープの屋根に積んだ荷物は法規違反なので下ろせと言うことだ。行きには何の問題もなかったのにどうしたことだろうと訝った。場合によっては袖の下をもくろんでいるのではとも疑った。
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最終的にはたまたま通りかかったジープと交渉して荷物を分散して事なきを得たが、ここに来て法規の運用が厳密になってきたようだ。しかし法律遵守は当然の事だが、その運用が場合によってあるいは担当者によって様々だというのはまだまだ法治国家にはほど遠いことを示している。だから袖の下が暗黙の了解事項にもなってしまう可能性を秘めている。開発途上国ではよく見られる現象ではあるのだが。

カンダバリで泊まる予定だったが、飛行場の近くにいいホテルがあるらしいとの情報で先に進む。

ところがそのホテルは未だ未完成、一階と2階が使用可となっているが階段には柵もない。バスが使えるはずと聞いたが使用出来ない、お湯は、と聞くとバケツに持ってきますだと。嘘つきと罵倒したくなったが、ダワさんのはからいで自家用のホットシャワーを使用させて貰らうことで解決した。
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(エベレスト)
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    (ガウリシャンカール)
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翌日のフライトは予定通りでカトマンドゥに飛び立った。快晴の青空にはエベレスト、ガウリシャンカールなど美しい山々が見送ってくれた。

やれやれといつもの定宿、サムサラホテルでゆっくり風呂でも浴びよう。ところが相変わらずのホテル事情。今日こそとバスタブで風呂浴びを待ち焦がれていたのにお湯が出ない。昼過ぎから何度もフロントとやり取りをしても埒があかない。すぐに出ますので待って欲しい、の繰り返し。夕刻にはさすがに切れてフロントで机を叩いて怒りをぶつけてしまった。それを見ていたボーイが近づいてきて私が何とかします、すぐに部屋に伺いますとのことになった。

今度はすぐにボーイがノックして、隣の部屋で準備をしておきましたからと言ってくれた。ご希望なら部屋も変更しましょうか、と言われたのだが、既に荷物は床にまき散らした後なので風呂だけを貰うことにする。このような事件は恒例なので入室の際に全部確認をしているのだが。いい加減さには慣れてはいたが、一番バスタブを望んでいた肝心の今日の今日はさすがに怒り心頭に発した。

今回のトレッキングを振り返って危険の予測、判断がいかに難しいのかと言うことだ。結果論としては自分の能力を考えれば「勇気ある撤退」と格好良く言えるが、もし勇気を持って先に進んでいたらどの様な展開になっていただろうか。大雪はシェルパニコルの頂点あたりで遭遇していただろう。その状況を正確には想像できないが、webでも雪で退散した報告はいくつもあるし、過去にも遭難死した情報が多々あった。自分にもう少し冒険心があったら行けたのかと不甲斐なさを恥じる気持ちがあるが、安全第一を考えれば至極当然の決断としておこう。自分はピークハントを目指すクライマーではないのだから。
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幸いにして全行程中で誰にも会うことない静寂の山行が出来た、しかも初めての経験となった大雪での移動そしてBC、C1では最高の天候に恵まれた幸運を喜び、ボダナートのお守りに感謝を捧げたい。
                    完

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挑戦ーマカルー・アラウンド(22) 2014/12/20 ヌムへ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月20日(土) ヌムへ
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長いそしてアクシデントもあったトレッキングも歩いて移動するのは今日一日で終わりだ。今日は目の前を流れるオルンコーラの川面まで降りて再度同じ高度差を登り返してヌムに向かう。

そう言えばこのたびのネパール大地震で思い出したことがある。ダラカルカにキャンプした晩のことだ。翌朝起きたら地震がありましたね!と声をかけられた。実は私自身はテントでしかも熟睡していたからか全く気がつかなかったが、仲間達は番小屋に寝ていたので相当揺れたらしい。今から思えば先触れだったのかもしれない。
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7時半頃に出発して、一気の下降になる。急峻な下りが緩やかな傾斜に変わり、耕作地が広がる。8時半ライ族の集落、ムンブンバのガオンに入った。雄鳥の見事な鳴き声が聞こえてくる。往路ではここで食事をした。そして美味しいバナナにありついたところ。今日もダワさんにお願いしてバナナを所望する。往路よりも疲労がたまっていることもあるのか一層美味しさを感じた。

一帯の棚田は日本を彷彿させる。稲の耕作をしているらしい。今はシーズンオフで刈り取られた穂の根っこだけだ。9時にはオルンコーラの川面だ。順調な下降だが、これからが登り返しの地獄の登りになる。
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吊り橋を渡りヌムに向かって最後のトレッキング。最初のうちは樹林帯の日影だったが、しばらくすると太陽も高く日射しが直接肌を突き刺すようになった。
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ロバのキャラバン隊がどんどん降りてくる。明日セドゥワで開催されるバザールを目指して荷揚げの一帯だ。それもひっきりなしなので避けては先に進む、その繰り返しになる。
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耕作地が広がり、ガオンに入った。チョムラ・カルカに10時到着。ここで早いランチになる。農家の庭先を借りてドルチさんがすでに準備をしていた。
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11時半最後の登りの開始。頑張ろう!急峻な九十九折りのトレイルを汗だくで進む。振り返ればセドゥワの集落が標高差がほとんどない感じで見える。ヌムもそう遠くはなさそうだ。12時半過ぎに到着する。

往路と同じロッジに泊まる。
寛いでいると青年が近づいてきた。彼は聾唖者だった。しかもロッジのご主人の話では幼少の頃このガオンに捨て子として置き去りにされたのを気の毒に思った素封家が面倒を見ているとのこと。その後は各家で代わる代わる面倒を見て貰い、その対価として手伝いなどをしているらしい。決して盗みとか無断飲食は一切しない彼なので住民との連帯が実現しているのだろう。心を洗われるような美談に清々しい気持ちになった。
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夜には恒例の打ち上げだ。ドルチさんの丹精込めた料理に舌鼓を打ち、ケーキに入刀をして全員でシェアする。あとはジープで下りるだけ。感無量の最終日になった。
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挑戦ーマカルー・アラウンド(21) 2014/12/19 セドゥワへ [マカルーからシェルパニ・コル]

2014.12.19 セドゥワへ
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朝焼けで雲も赤く染まっている。7時半過ぎには出発する。樹林帯のなかを一気に下っていく。雪もほとんど気にならない程度になった。時々氷っている場所があるのでスリップしないよう気をつけないといけないが。でも昨日までとは全く違った快適な下りだ。
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コーラを渡って傾斜も緩やかになって人里の近くに来ているのを感じる。9時にタシガオンに着く。キャンプをした広場で一息入れる。
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往路ではヌルムガオンを経由したが今日は直接セドゥワに向かって下る。タシガオンから先は人里でもあり、トレイルも整備されていて歩きやすい。いくつかのガオンを経由して先に進む。学校に向かう生徒達と行き交う。10時15分プロテッサのガオンに着く。
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10時半ゴテテで早ランチだ。ここではのんびりと一眠りをして待つ。コックのドルチさんの実家がこの近くなので会う人会う人が知りあいで四方山話に花が咲く。ランチは茶そば。大根おろしと生姜汁を加えたつゆにつけて頬張る。強烈な日射しなので冷たいそばはこの上ない贅沢だ。
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12時少し前に出発。12時半ブンギビガオンに着く。振り返るとタシガオンの集落が見えた。1時にはチェスラのガオン、1時20分ゲンのガオン、1時半コルチェルバリ、1時40分チェトリ族のガオン、スグリガオン、2時20分にセドゥワのキャンプサイトに着く。
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キャンプサイトの左手下にはバザールがある。急坂を降りて散歩をするが既に夕方でもあり、店は閉まっていて人ッ気もない。子供達が賑やかに大声を上げて遊んでいた。オルンコーラに遮断されたエリアの拠点にもなるのでバザールが成り立っているのだろう。


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挑戦ーマカルー・アラウンド(20)2014/12/18 ダラカルカへ [マカルーからシェルパニ・コル]

2014.12.18 ダラカルカへ
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今日も快晴になった。雪道の最後になる日になって欲しい。
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8時に出発し、デプテ・ラを越えて9時にはポカリに着く。9時50分マニのあるグガァン・ラに着く。ピーカンの日射しにアップダウンの繰り返しで汗だくだ。雪は腐り往生するが新雪のラッセルよりはましだ。稜線を確実に下っていく。稜線の左手の谷には雲海が絨毯のように敷き詰められて美しい。この景色は往路でも見ることが出来た景色。左手ずうっと先の稜線越えにカンチェンジュンガも見える。振り返るとマカルーも見える。そしてネパウ、チョムロンもだ。
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11時40分往路でキャンプをしたコンマに着く。ここでランチだ。当然自炊する余裕も無いのでおにぎりだ。それにしても今日まで致命的な肉体的障害もなく、気力の喪失もなくこれたものだと我ながら感慨に耽る。
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再びコンマ・ラを目指しての登りになる。いつものことだが休憩した後のスタートは足が重い。12時半にコンマ・ラだ。
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シャクナゲの樹林からじょじょに高い樹木に変化している。稜線から離れて右手にトレイルをとる。足はただただ惰性で下に向かっている。トレイルがじょじょに緩やかな下りになり、雪も踝程度の深さになっていた。雪との戦いの終わりを感じさせてくれる。3時今日のキャンプサイトのるダラ・カルカに着く。
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挑戦ーマカルー・アラウンド⑲ 2014/12/17 サノポカリへ [マカルーからシェルパニ・コル]

2014.12.17 サノポカリへ
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雪山での水補給は意外と大変だ。目の前に雪があるのだからそれを溶かせばいいのだが、言うまでもなく必要量の水を確保するためには大量の雪が必要になる。我々のような大所帯だとそんなことでは間に合わない。その答えが氷探しだ。氷なら一気に水の確保が可能になる。

ポーターは雪に隠されたコーラの氷を求めて遠くまで出かける。その氷を背負って持ち帰り砕いて鍋に入れて火にあぶる。これはポーターにとっての一仕事だ。

今朝は久しぶりに快晴で、強い日射しが肌に突き刺さる。風もないので体感温度は快適だ。
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先を急ごう。と言うことで7時45分には出発する。昨晩降った新雪も重なり深い雪にガイドはルート作りに難渋する。しかもケケ・ラ(4170m)までは急登になる。周囲の様相も樹林帯から低草木エリアになったのだろう。一面雪に覆われている。
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鞍部を越えて下っていくとカロ・ポカリだ。10時半に着く。往路でははっきりとその存在を確認出来たのだが、一面雪に覆われて湖面も結氷してその上に雪が積もっているのでポカリの実感が湧かない。ここで昼飯になる。このポカリを現地人はツロポカリと呼んでいる。
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眼前に立ちふさがる稜線の鞍部シェットン・ラを目指して午後のスタートだ。一見フラットな地形もひとたび足を踏み入れると想像も付かない変化が潜んでいる。ガイドがルート開拓するのを見ていて気の毒になる。
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しばらくしてポーター達が三々五々そのトレイルに続く。そして最後の最後にドルチさんとサブガイドのヌルブさんが私の前後について追う。雪がなければ何でも無い登りだが、深い雪があるとそうはいかない。何度も休憩を取りながらようやくの思いで鞍部を通過する。鞍部を通過してからが急降下が始まる。ほとんど滑り落ちる感じになる。幸い深い重い雪なので滑落の心配は無い。ここはしばしば強風の通り道になり、天候が悪い時に何人もの人が亡くなっていると聞いていた。今日は無風快晴だからその心配はない。
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4時にサヌポカリに着き、テントを張る。もともと小さなポカリなので雪の中に埋没してしまっている。
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挑戦ーマカルー・アラウンド⑱ 2014/12/16  ドバトへ [マカルーからシェルパニ・コル]

2014.12.16 ドバトへ
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ムンブクはドバトにロッジが出来るまでは中継地として賑わっていたそうだ。今ではほとんど廃墟になってしまった。
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今朝はしんしんと雪がぶり返して降っている。天気の回復を待ってしばらく待機する。昼前に小降りとなったのでとりあえず出発する。ガイドからはまずはドバトまでは最低の目的にしましょうとのこと。一番の急登の峠を越えたが、まだまだ辛い登りが続く。
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小雪が降り続き、視界は聞かない。急に開けて登り切ると右手に小屋があった。2時半ドバトに着く。
さいわい小屋は避難小屋としても利用するようになっていて中に入ることが出来た。

普通なら1時間も掛からない行程なのに2時間半もかかってしまった。雪道のハードさを改めて実感する。

さっそくポーター達が周囲の森に入って枯れ枝、枯れ葉を集めて焚き火を始める。寒いので入り口も閉めての焚き火なので燃えさかるまではもうもうと煙が立ち上がり、小屋に充満する。目にしみて開けていられないが我慢するしかない。

バーナーの燃料も残り少なくなってきたので節約のためにポーター達のダルバートは焚き火を使う。少しずつ小屋の温度も上がり、快適な環境になってきた。ところが屋根の雪が解けて天井からぽたぽたと黒い水となって落ちてくる。服が汚れないよう躱すのに一苦労。
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私のために小屋の中にテントを張ってくれたので煙くはあったが暖かい睡眠を取ることが出来た。仲間は小屋の中に並んで睡眠になる。

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挑戦ーマカルー・アラウンド⑰ 2014/12/15 ムンブクへ [マカルーからシェルパニ・コル]

平成26年12月15日(月) ムンブクへ
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朝方には雪は止んだようだ。うっすらと薄日が漏れている。今日は動けるときに出来るだけ稼いで天候悪化に備えないと。ガイドからいつもより早い7時半には出発しましょうと指示される。

階段を下りて外に出ると一面深い雪に覆われて白い広場のようになっている。ポーター達が水場に行き来した踏み跡は膝まで時には腰までの深い穴が空いている。風もなく、無音というのはこのような事かと思わせる静寂さだ。
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そうそうに朝ご飯を詰め込んで出発だ。しばらくはフラットな地形なので楽勝かと想像したがそれがなかなかの手応え。深く潜る踏み跡をたどることがどれだけタフなことか。往路では何事もなかった小さなコーラに掛かる木橋は雪と氷でスリップしそうになる。次ぎにバルンコーラの本流に架かる橋を渡る。大きい橋で柵があるので緊張せずに渡る。バルンコーラの右岸沿いにトレイルがある。といっても真っ白のフラットに見えて簡単そうだが決してルートを作るのはそんなものではない。今日もダワさんが斥候役を引き受けルートを作る。雪がなかった往路では確か平坦な草地でのんびりと歩いたはずだが、状況が変わるとこうも大変になるんだ。
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本流に流れ込む支流のコーラが合流するところで辛うじて水が顔を出して岩が露出している。9時に往路でキャンプしたペタマーク・カルカに着く。しかしこのカルカの印象は記憶とは全く違った世界。目印のある場所でもこうも違う印象だから改めて雪山の怖さを実感する。それでも今日は雪が降らず薄日も射してきたので視界は良好だ。土地勘のあるガイドだからトレイルを熟知しているはずなので安心。とはいうものの内心では申し訳ないが不安を100%払拭しているわけではなかった。
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先を急ごう。すぐに出発だ。雪道になってからはチーム全員が離れることなく、隊を組んで歩く。歩きやすさと雪道でのペースは彼らと私とでは離されるほどの差が出ないと言うことだ。
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11時半コーラの支流が合流する水と岩が露出しているところでランチだ。座ることが出来無いので立っての食事になる。だんだん山がコーラに迫りアップダウンが激しくなる。ダワさんもルート開拓で行っては戻りをすることも。

この先でコーラから離れて往路でスリップした急降下のトレイルを今度は登り返す。急登で深い雪道、想像するだけどぞおっとする。今日の目標はドバトのカルカまでと言っていたが、行けるのだろうか。
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さすがに屈強なポーター達も喘ぎ喘ぎの登りだ。私との差が出来ないばかりか、時には追い越して先に行くこともある。トレイルを囲む樹林の背丈が高くなってきた。その枝に雪が積もり墨絵のような景色が展開し、疲れた身体にエネルギーを注入してくれる。すでに陽は山陰になり、寒さが身に沁みてくる。もう4時を過ぎてしまった。とてもドバトまでは無理だろう。
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トレイルの左手に5メートルはありそうな巨岩が傾斜して立っている。そこはビバーク場所としても使われているらしい。ここはムンブク(3520m)、ドバトを諦めて今晩のキャンプ地に決まる。岩の上にビニールシートを掛け、隅をロープで引っ張って仮設のテントにする。食堂テント代わりだ。私のテントはそこより少し上にあるフラットなところに張られる。

正確ではないけど雪のない場合と比較しておおよそ3倍近い時間が掛かってしまった。慣れていないこともあるけどなにしろ疲れた!
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挑戦ーマカルー・アラウンド⑯ 2014/12/14 ヤンガルカルカへ [マカルーからシェルパニ・コル]

平成26年12月14日(日) ヤンガルカルカへ

静寂な闇を破るような音に目が覚める。テントをどんどん叩いているような。気がついてみるとしんしんと雪が降り、テントを覆い被さるように雪が積もっているのをポーター達が払いのけてくれているのだ。直感的にうっすらでないことが分かった。テントを開けてみるとすでに膝までは潜るだろう深さにまで積もっていた。

こんな天気だと停滞になるだろうか。十数回ヒマラヤに来て初めての大雪に見舞われた。ホワイトアウトまでではないが、雪明かりで周りの景色を見ると多少の視界はあるものの、すっぽりと円球のなかに封じ込められている状況に一気に不安がもたげてきた。
テントから食堂テントまででさえ真っ白な雪で完全にフラットな地形になっている。この先、トレイル無き道を覆われた岩やコーラを避けながらどの様にして下山するのだろうか。

さらにトレイルを何とか見つけても雪が降り続けたら通常の行程時間より何倍も時間が掛かるはずだ。山の経験はそれなりにあるのだが、雪の経験は皆無でますます不安がつのって絶望の淵に追いやられる。

朝ご飯を食べに食堂テントまで行くが、スパッツもしないで行ったために靴のなかに思いっきり雪が入ってしまい慌ててはき出す。
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ガイドからはとりあえずヤンガルカルカまで下って天候の様子を見ましょうと言うことになった。
夢を捨てて半信半疑で決断した退却だったが、こんな見事に的中するとは。先の不安は別としてそれ以上のリスクを回避できたことに安堵もした。
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8時に出発。樹林帯を一歩一歩前進する。ダワさんが斥候でルート開拓をし、数人が後に付く。トレイルの確認が出来たら残りのポーターが踏み固めた足跡を頼りに続く。私は最後尾に付き、ドルチさんとサブガイドが前後をかためてくれる。足下をすくわれると二人のどちらかが助けをしてくれる。それでも何度も踏み跡が沈んだり、傾斜しているのでスリップして転倒もする。時には腰まではまってしまうこともある。

深い雪に隠されたトレイルは私には全く識別できない。さすがガイドのダワさんは踏み跡を何度も踏みならし我々の歩行に道しるべを作ってくれる。ポーターも雪道では重い荷物が歩行を妨げるのでバランスを失ったり滑ったりしている。深い雪で転ぶと立ち上がれない。ほかのポーターが手を差し出して助ける。そんな繰り返しの前進になる。ふと目を上げるとタルチョーが目に入った。トレイルから外れていない証拠だ。ホットする。ダワさんもさすがに疲れるので、斥候をサブガイドが交代する。さいわいヤンガルカルカまでの下りは急斜面もないので11時前には到着する。ロッジの一つが施錠されていなかったので中に入って一息入れる。

ランチも終わり天候の様子を見守るが、しんしんと降る雪の勢いが一向に収まらない。結局今日はここ泊まりになる。

降雪がどこまで続くのか、無事下山できるのかそして最悪の場合でもフライトの予約までにKTM入りが可能なのか、不安が募ってくる。
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(12月8日の景色と比較して下さい)
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小屋に枯れ木を集めて暖を取るが、密室なので煙が目にしみる、灰が舞い上がる。そして火の粉が飛び散りダウンに付着しないのか気掛かりになる。2階の部屋で寝る用意をするが、掘っ立て小屋なのですきま風が吹き込んでテントよりも寒い。いつも用意してくれる湯たんぽのありがたさが今晩はことさら身に沁みた。

これからの不安になかなか寝付けないが、疲れもあっていつの間にか寝こんだようだ。

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挑戦ーマカルー・アラウンド⑮ 2014/12/13 退却 タドサへ [マカルーからシェルパニ・コル]

平成26年12月13日(土) 退却 タドサへ

昨晩の強風は食堂テントを徹底的に破壊したようだ。二晩続きの災難にドルチさんのぼやきが聞こえてくる。でもさすがにプロ、それにめげずに朝ご飯を用意している。
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ガイドとこの先の天気について打ち合わせをする。今朝は昨日の快晴とは打って変わって曇天だ。シェルパニに向かえばノーリターンになる。二年越しの企画なので何とか前進したい気持ちは捨てがたい。しかし、最難関の場面になって悪天候が続くリスクは命に関わるかもしれない。出発前に山岳保険にも加入していざのレスキューヘリの準備は怠りなくしてあるが、それも降雪では飛べず何の役にも立たないだろう。酸素ボンベは1本持ってきて貰ったが、最低でも3日間は5000m超の移動になるので万が一雪で滞留を余儀なくされるようだと1本では足りなくなるかもしれない。食料もそんなに余裕があるわけではないので、長期の滞留には問題が生じる。様々な想定をしながら決断を迫られた。

結論は勇気ある(?)撤退になった。確かに昨日は好天だったが、それまでの天気は晴れても筋雲が走り、天空は必ずしも安定を予想させる状況ではなかった。本来なら行き詰まってからの撤退だろうが、それもシェルパニを越えたらままにならない。断腸の思いでの撤退だ。
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タドサへ向けて8時15分出発する。マカルーは雲に隠れて姿を見せていない。後ろ髪を引かれる思いでBCを後にする。
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トレイルはおおむねなだらかな下りだ。強風は相変わらず吹きまくる。9時にはシェルソンカルカに着く。10時50分にラングマールカルカに着く。同じトレイルを歩いているのだが向きが逆になるので目に入る景色は新鮮だ。今日もおにぎりのランチ。ポーター達は豆だろうか手渡されてつまんでいた。それが食事らしい。寒いのであたふたと終えてすぐに出発する。ラングマーレの先ジャッカルカからはシャクナゲの樹林が繁茂している。
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1時にタドサに着く。今日のキャンプサイトになる。


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挑戦ーマカルー・アラウンド⑭ 2014/12/12 C1へ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月12日(金) C1へ
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今日は右手の稜線に上がってパノラマを楽しもう。明日からのシェルパニコルへのトレイルはコーラまで降りて左前方の斜面をトラバースして向かう。三日がかりでコルに辿り着くトレイルだ。何故と思うのだが、ガイドによればそこまでのトレイルは標高が高い上に急峻なザレ場とガレ場の連続で足場の確保が難しいので時間が掛かるとのことだ。
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ガレ場の連続、急登が続き、息が切れそうになる。高度を稼ぐに従い風はますます強くなり、体感温度はどんどん下がっていく。カラパタールでの苦い経験から防寒用の手袋で寒さから防御したが、それでも指先に痛みが走る。高度が上がるに従って眼下に氷河湖が確認出来、左手稜線前方の先にヌプチェ、ローチェそしてエベレストが覗く。じょじょにエベレストの全貌が見えてくる。
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時々轟音が谷間に響渡る。最初は雷かと錯覚したが、音の感じからは落石ではなく多分雪崩なのだろう。それが頻発する。
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(谷の奥にようやく見ることが出来たエベレスト=右手、その左にローチェと右手手前がヌプチェ、そしてその左側手前にアイランドピーク)
ここからのエベレストはカラパタールやゴーキョから見慣れた姿とは全く異なる山容だ。11時に稜線上に立つ。耳を塞ぎたくなるように轟音が唸りを上げて吹きまくる。稜線での強風は登頂成功にとって最大の敵の一つと聞くが、このあたりですらそれを実感するほどだ。
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(ローチェとヌプチェ、アイランドピーク)
ここからのパノラマは素晴らしい。マカルー、遠くにエベレスト、ローチェ、ヌプチェが一塊になって、そのすぐ左手手前にアイランドピーク(6160m、雪山でピークハントの初級コース)が並び目を左に向ければ今日までの辛いトレッキングでの憩いでもあったネパウ、チョモラン、ゲルジェンピーク、ピーク4が一望できる。
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(エベレスト)
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この先C1まで足を伸ばすかどうか悩んだが、パノラマには大きな変化がないと聞き、一息入れてくだることにする。標高は5400mぐらいか。
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下り始めて分かったことは想像以上に急登だったということだ。下りは身体に大きな負担を掛けるのでそれが実感される。
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一気に高度を下げて草地に出た。12時半ここで今日のランチになる。ドルチさん手作りのおにぎりとリンゴ。いつになく食欲があった。おにぎり二個を一気に平らげる。素晴らしい山容を満喫できたお陰かもしれない。そして明日からのチャレンジを前に体調が良好だとの証に安堵した。

今日の天候からは明日以降の悪天候を予想する気配は微塵もない。下りではうっかりトレイルを外すこともあったが単純に下を目指せばいいので気楽だ。
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眼下にロッジのあるマカルーBCが見え、さらに下ると我々のテントも視界に入った。
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キャンプサイトでは夕餉の準備中。チャイを飲んで冷え切った身体を温める。ここには低草木しかないが、ポーター達はあちこちから枯れ枝、枯れ葉を集めて焚き火をしている。
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マカルーの南面には夕日がさして赤々と燃えている。稜線の陰が徐々にマカルーの頂上に向かっていき、最後は灰色のマカルーに、そして黒色に変化していく。

夜になると昨晩と同様に風が強くなる。まるで風神が頬に思いっきりため込んだ風を一気に吐くように吹き出す。風の固まりがとんでくる感じだ。テントがバタバタと音を立てる。飛ばされるのではと恐怖が走る。しばらくすると静寂の世界に。それを繰り返す。
そういえば昨晩も炊事、食堂になるテントは家型の形状なので風には弱く、何回も崩れて眠れなかったとドルチさんはぼやいていた。今晩もきっと大変な事態になっているのだろう。

明日の天気に不安と期待が交錯するなか睡魔に負けて夢路についた。
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挑戦ーマカルー・アラウンド⑬ 2014/12/11 マカルーBCへ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月11日(木) マカルーBCへ

夜半にはちらちらと雪が舞った。天気が気掛かりだったがさいわい朝方には高曇りでうっすらと日射しもさしている。
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進行方向前方にはネパウ、チョモラン、カンブツリマ、ピラミッドの形をしたピーク4が谷間から覗く。目指すシェルパニコルはピーク4の右側になる。
マカルーの南側(ネパール側)麓を源流としてバルンコーラが流れている。マカルーから東に延びる稜線に南東ピーク、ピーク3、ピーク5と続き、その稜線と対峙するバルンコーラの対岸に聳える稜線に西側からピーク4,ピーク6、ピーク7と並ぶ。
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今日はゆっくりの行程になるので8時半の出発になる。薄日は射すものの縦に走る筋状の雲は明らかに不安定な天候の前兆に思えて仕方ない。ガイドに尋ねるのだがなかなか確たる予測にはならない。少なくとも日本の山岳でこのような雲を見れば悪い前兆と言うのが普通だが。
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左手に展開する谷は徐々にかつての氷河の痕跡を露わにしている。どこでも起きている氷河の後退はここでも同様。モレーンが両岸に押し出されて小高い盛り上がりを作っていく。10時過ぎにはメラカルカに着く。正面にチョモランその左にネパウだ。
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メラの次のカルカ、シェルソン(4630m)はすぐだ。10時半に着く。この一帯まではカルカとして好条件になっている。この先バルンコーラは右(北)に方向を変えてBCに向かう。向きを変える対岸に流れ込んでいるコーラはU字状の谷を覆うようにブルーのアイスフォールが落ちている。氷河の末端が剝き出しになっている。その奥にはピラミッド状のピーク4が聳えている。
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時間は早いがこの先水場もないのでランチになる。今日はドルチさんお得意のおにぎり弁当だ。それにゆで卵。ポーター達は昼抜きでマカルーBCに先行する。
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左流れの斜面を緩やかな登りのトラバースが続く。一時は雲が覆い被さった時間帯もあったが、なんとか持ちそうだ。右手稜線越えにマカルーのピークが辛うじて覗く。通常のルートでは徐々に高度を下げてコーラに近づき氷河湖に向かうのだが、谷を吹き上げる強風を避けるために高度を下げずに中腹にあるキャンプサイトを目指す。
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1時過ぎにはキャンプサイトに着く。幸い一時雲に覆われた天空も雲一つ無い空になってくれた。ここは谷間になるので日の落ちるのが早い。日が落ちると一気に寒くなり、コックさんの入れてくれたチャイが身体の中から暖めてくれる。
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眼下、コーラの上流には氷河湖がいくつか見える。コーラの対岸に複数のロッジがあるが人の気配は全く無い。そこが水場になのでポーターは高度にして数百メートルの上り下りは負担だ。
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夕刻、マカルーに夕陽が射して赤やけをしている。明日は右手稜線に上がり、日頃見ることがないエベレスト、ローチェ、ヌプチェの裏側の姿を拝む予定だ。そしてこれからの天候想定をしながら最終的にシェルパニコル越えを覚悟するのかの大事な決断をしなければならない。
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挑戦ーマカルー・アラウンド⑫ 2014/12/11 マカルーBCへ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月11日(木) ラングマーレで休養

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今日も好天で朝日に焼けるチョムロン、ネパウが綺麗だ。だが、朝からコーラ沿いに風が吹き上げてくる。外に出ると肌寒い。今日は一日はじめての休養日で、シェルパニコル越えのために体力温存とギアの再度のチェック、それとテストをする。
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ここでは急峻な壁がないのであくまでも使い方の復習だけになる。テント前に広がる傾斜地を利用してユマールの練習だ。予備用のザイルを岩に固定し垂らされたザイルの末端でハーネスを装着してユマールを掛ける。ハーネスは若い頃に経験していたので戸惑いはなかったが、ユマールは当時使ったことが無かった武器で操作は至って簡単、身体を安定させるには優れものだ。
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二本のザイルを上下に固定しているので、途中で身体をビレーして次ぎのザイルにユマールを移動させる。ユマールがあると途中で疲労した場合でもザイルに身体を預けて休めるので楽だ。若い頃の岩登りでは経験出来無かったことだが。
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12本爪のクランポンとプラスチック・ブーツを試す。ブーツはインナブーツを履いてから外側のブーツに差し込む。それにクランポンをつけて、再度上り下りのエクササイズ。下りにはエイトカンを使うが、これは若い頃に使ったものと変わりがないので困ることもなく使えた。
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なんとかギアの使用には慣れたが、実際に岩場、氷、雪の中での実践にどこまで対応できるだろうか、多少の不安は残った。

午後は明日からの行程をもう一度確認をすることになった。時々筋雲が走りちょっと不安が走る。

実はここに来て知らなかった事実を突きつけられて困惑した。というのはシェルパニコル越えをするとその後は引き返せないことだ。6000m超のコルを3つ越えるのだが、どれも登りは急でも引き返すことは可能だが、コル越え後は懸垂下降になるので、降りてしまったら登り返せない。シェルパニコルの先では前進だけが我々にとって唯一の選択になる。天候の不順が続けば食料の補給も不可能なので長期滞留にも不安がある。

まずは好天に恵まれることが条件だということだ。万が一天候に不安要素がある場合にはマカルーBCから引き返すのが賢明とのガイド達の考えだ。最終的にはあなたの判断に任せるよ、と言われるのだが。
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幸いこの数日は天候には恵まれているので幸運を願うばかりだ。明日が命運を分ける日になりそう。ダワさんから貰った首に掛けているラマの祈りを込められたお守りにすがるしかない。
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挑戦ーマカルー・アラウンド⑪2014/12/9.10 ラングマ-レへ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月9日(火) 10日(水)ラングマーレへ
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昨夕の天候から不安な朝を迎えたが、幸い陽が差している。朝焼けしたチョムロン、ネパウも美しい。昨日は大量の水を流していた滝がすっかり氷って白色の帯になっている。日射しを受けると流れを回復するのだろう。
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(チョムロン 7200m)
今日は遠くないラングマーレまでのトレッキングになる。マカルーBCから先のタフな行程に備えて体力の温存とそこで使用するギアの点検、操作確認のためレストデイにもなる。
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(ネパウ ピーク7 6185m)
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荷物も減ったのでポーター二人が朝方里に帰っていった。ダワさんのお兄さんとその知り合いだ。その事態を急に告げられたので慌ててチップを渡す。中途までのチップって相場は?咄嗟の判断でフルの半分にした。荷物からチョコレートとビスケットを探しておやつ代わりに渡す。何日も掛けてきたここから食料も荷物も無しで下山するのを訝って、ダワさんに尋ねた。心配ご無用、一気にタシガオンまで下れますよ!との返事に仰天。さすがと敬服する。
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ポーターが減ったので荷物の再配分になる。その手間もあり、ラングマーレが遠くないこともあって9時前ゆっくりの出発になる。
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コーラ沿いのトレイルでは上部になると谷を迫り上がってくる風が強くなるのだが、今日も例外なく朝から強い風が吹き上げてくる。ただ日射しがあるので寒さを感じるほどの体感温度ではない。
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9時50分ジャッカルカ(4255m)に着く。カルカ向きのなだらかな傾斜地と急登の繰り返しで放牧地としての条件が整っている。11時50分ラングマーレ(4450m)だ。左手に神聖な山、ネパウ(ピーク6、6809m)が眼前に迫っている。
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挑戦ーマカルー・アラウンド⑩2014/12/8 タドサへ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月8日(月) タドサへ
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そろそろ天候の変換点なのか、昨日までのピーカンは終わりそうな気配だ。雲間からの日射しはまだある。マカルーも見える。バルンコーラを右手に見ながら、左から流れ込むいくつもある小さなコーラの流れは氷っている。岩を覆うようにうっすらと氷っている。まるでくず饅頭のように。うっかり気を許すと足を滑らせてしまう。ベテランのダワさんも足下を奪われてバランスを失いそうになっていた。
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9時には右手前方にヤングリカルカ(3600m)が視界に入る。数軒の小屋とゴンパがある。稜線越えに小さくマカルーのピークだけが、そしてゲルジェン、その奥にはマカルーからの稜線になるピーク3(6477m)ピーク5(6404M)が連なる。
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_20141208_124213a.jpg_20141208_124232a.jpg(ピーク4 6720m)
ここからはバルンコーラを中心にフラットな、まさにカルカ向きの地形になる。夏であれば山羊、ゾッキョ、ヤクが草を食むでいるのだろう。バルンコーラに掛かる二つの橋を渡るとすぐにヤングルカルカだ。誰もいないロッジ、ゴンパも鍵が掛かっていて入れない。9時50分の到着だ。
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ヤングリカルカの先で谷は左に向きを変える。その角に左手から突き出している白い岩はアマプジュマ(シェルパ語で妊婦を意味する)だ。その左手のピークの中腹にはまるで人工的に掘ったような3っつの洞穴がある。そこはラマ僧が修行をする神聖な洞穴だ。
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じょじょにバルンコーラから離れて右手の急登になる。11時過ぎにアマプジュマの岩の真正面に立つ。トレイルは左手に方向を変えて前進する。前方にはチョムロンが視界に入る。ここでは稜線に隠れてマカルーは見えない。
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11時45分タドサ(4017m)に着く。

不気味な縦に走る雲が気になるが、日射しも戻り暖かい。午後はゆっくり休養だ。
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右手の岩壁は200M超垂直に立っていて、見事な滝が落ちている。右手の岩稜の右手から奥に回るとここにも冬虫夏草の産地があるらしい。バルンコーラはごうごうと音だけは確認出来るが視界には入らない。コーラに向かって傾斜したなだらかな斜面が続きその一番右上部にあるロッジのそばでテントを張る。

明日はシェルパニ越えに備えてギアのチェック、ユマールとクランポンのテストをする予定だ。
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挑戦ーマカルー・アラウンド⑨2014/12/7 ペマタークへ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月7日(日) ペマタークへ
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パリエットを飲んで寝たので高度障害の不快感はなんとか快方に向かっているようだが、夜中にげっぷに悩まされる。そのうえ寒さ対策でシュラフカバーを使ったのが計算違いになった。思ったほど寒くならなかったので不快な暖かさで寝苦しさに悩まされる。
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とはいえ快晴で放射冷却もあるのだろう朝の冷え込みは昨日とは格段に違う。稜線の日影になっているポカリの湖面は半分以上氷っていた。素手でいると第一関節が痛くなるほどだ。朝食もツッパ(チベットの煮込みうどん)にしてもらう。ツッパはお気に入りの料理、特に食欲がないときには有り難い。細いのから太いものまであって、どれにするかはドルチさんにお任せだ。
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今日はまずは眼前に聳えているケケ・ラ(4170m)への急登から始まる。慣らしなしでの急登は息が上がる。8時20分ラに着く。そこからはチベットの峰々が視界に入り、眼下にはカルカが続く。9時眼下にドバト(3862m)の小屋が見える。
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北斜面で雪が残っている。スリップしないように気を使いながら下り9時10分にはドバトに着く。しばらく行くと小さなせせらぎを過ぎる。そこで汗まみれの頭を洗うポーターがいる。私自身も洗いたい気持ちはあるがこの寒さでは風邪でも引いて体調を崩すのが怖くただただ羨ましく眺めていた。
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しばらくアップダウンの繰り返しをしてからは一気の下りになる。10時にはムンブク(3520m)の小屋に着く。小屋といっても岩室だ。さらに急降下を続ける。北斜面そしてヒマラヤスギやシャクナゲの樹林帯の陰になるので残雪が氷って気を許すとスリップしてしまう。つい気を許して尻餅をつき思いっきり落下する。慌ててポーターが支えてくれたが、幸い大したことにはならなかった。
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10時半には眼下にバルン・コーラの流れが視界に入る。バルン・コーラの源流はマカルーの氷河になる。普通なら氷河から流れ出す水は白濁しているのだが透明感のある流れになっている。10時50分ほぼバルンコーラの水面と同レベルのトレイルになる。この先、支流が流れ込む岩場でランチだ。
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12時過ぎランチを終えてバルンコーラ沿いに遡行する。大きな岩や小さな岩が不規則に斜面から転がり落ちている。ガレ場に入り、ランドスライドの痕跡もあるトレイルだ。ころころと落石の音も聞こえる。ちょっと緊張する場面だ。斜度は軽い登りだが、岩を避けながら歩くのは結構疲れる。
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1時半になってようやくマカルーの頭がふたたび覗いてくれる。バルンコーラの左岸(対岸)にもトレイルがある。これはカンチェンジュンガからヤングリカルカ(3550m)へのトレイルだ。
2時今日のキャンプサイト、ペマタークに着く。
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挑戦ーマカルー・アラウンド⑧2014/12/6 カロ・ポカリへ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月6日(土) カロポカリへ

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標高が3700mを越えてさすがに若干の高度障害が起きているようだ。この現象はいつものことで食欲はあるものの胃に不快感がある。
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いつものように8時に出発する。今日は上り下りは穏やかだが距離的には長いのでタフな一日になりそうだ。9時にはコンマ・ラ(3873m)に着く。一気に見事な景観が広がる。マカルーがぐっうと近づき、左手にはネパウ、チョモランが続く。
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(マカルー)
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(カンチェンジュンガとジャヌー)
右手遙か遠くの稜線越えにカンチェンジュンガ、ジャヌーもはっきり見ることが出来る。雲海が景観に色添えをして見とれてしまう。ここでゆっくりしてポーターに預けたD800Eを取り出し撮りまくる。
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眼前にあるピーク、グガァン・ラをこえてサヌ・ポカリに向かう。左手下に流れるイスワ・コーラの両側は季節になると冬虫夏草の採取で大賑わいになるとダワさんの話だ。春先には多くの村人が目をさらにして探しまくっている姿が脳裏を過ぎる。
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シャクナゲも背丈が小さくなり、高山の厳しい環境に耐えている。今年の新雪だろう、真っ白な雪も残っている。10時半にマニのあるデプテ・ラに着く。下っていくとサヌポカリが見える。11時過ぎにポカリの湖畔を通過、再び前方のコルに向かって再び登りになる。
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12時40分にはシェットン・ラ(4170m)を越えてカロ・ポカリ(シェルパ語で大きい池を意味するチョチョムとも言う)に一気に下降する。北斜面でもあり、残雪が多く、隠れている岩に足下を奪われることもあるがどちらかというと歩きやすい。突然バタバタという羽音に目をやると5,6羽の鳥が飛び去っていった。初めての野生との出合いだ。
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1時50分カロ・ポカリ湖畔のキャンプサイトに着く。
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今日を振り返ると繰り返すラ(峠)越えと高度での移動だったのでタフな一日になった。
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挑戦ーマカルー・アラウンド⑦2014/12/5 コンマへ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月5日(金) コンマへ

今日までは天候がめまぐるしく変わって決して好天とは言えなかった。さいわい昨晩は満天の星がちりばめられていつもながらヒマラヤでの最高の瞬間だ。ただ13夜の美しい月が出ていたので趣が違う。
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モーニングティーで目を覚まして表に出るとピーカンの好天気だ。久しぶりに強い日射しに安堵した。
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そろそろ野生動物に遭遇できるのではと期待しているのだが、その気配は全く無い。鹿、熊、ダフィー(ネパールの国鳥)が棲んでいるようだが人の気配にナーバスになっているらしい。クンブ地方では高い確率で出会うダフィーだが、当地のダフィーは警戒的だ。ダワさんによればクンブ地方では大事に扱われているのに反し、当地では食材として捕獲される危険があるので人間を怖れているというのが理由らしい。自然界との関わり方でこうも違いが出ることは人類への教訓だ。
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今日はコンマ(3760m)までの予定になる。8時に出発して引き続き急登の連続になる。8時50分にウンシサ(3410m)に着く。ここまで来ると低草木が中心になり、シャクナゲの群生がみられる。9時10分比較的穏やかなトレイルになりホットする。左手前方に雪をいただいたチョムロン(6800m)が見える。
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尾根を目指して急登すると10時突然視界が広がり、素晴らしい景観が展開する。辛い思いで引き返したい気持ちを抑えて頑張る快感はまさにここにある。雲海が下界を覆い、その上を右手遠くに屏風のように連なる尾根が走り、その稜線越えにカンチェンジュンガのピークが見える。雲海は景色に彩りを添えてくれる調味料でもある。日影には新雪が辛うじて残っていたり、霜柱が立っていて、この暖かさとは違った厳しい環境を想起させる。
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_20141205_134802a.jpg(カンチェンンジュンガの遠望)_20141205_134959a.jpg_20141205_135313a.jpg

ラ(峠)はそう遠くない。尾根を先に進むとマニがあって10時10分に到着だ。そこから左手にトラバースした先にコンマのロッジがある。すでに営業はしていない。ここからは尾根に遮られて景観は楽しめない。二人の小屋番だろうか、竹を細く割いて編んでいる。当地では竹が重要な建材になる。屋根を葺くのも壁を作るのも竹材だ。ここが今日のキャンプ・サイトになる。
水場が遠くポーターにとっては地獄で相当の時間を掛けて水汲みをしなければならないが、当然の事とはいえ嫌な顔一つせず運んでくれている。

すっかり雲がかかり、寒さが身震いを呼ぶ。テントに入って寝袋に入り暖を取る。
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挑戦ーマカルー・アラウンド⑥2014/12/4 ダラカルカへ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月4日(木) ダラカルカへ

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当初の予定ではタシガオンで一日休養してからウンシサ(3410m)を目指すことになっていたが、ここから3日間急登が続くのでここでの休養を返上してウンシサの手前にあるダラ・カルカまでに変更して、急登の負担を軽減することにする。
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早朝には霧雨も降り先行きの不安もあったが、さいわい晴れは期待できないものの悪天にはならない感じだ。

いつものように8時に出発。キャンプサイトからトラバース気味に鬱蒼とした樹林帯を高度を上げていく。巨木の多い樹林帯で曇り空ということもあって凌ぎやすい。途中で巨木を製材してる数人の作業員がのんびりとのこを挽いている。ナマステと声をかけても顔を上げるわけでもなく、無表情で作業と続けている。
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さらにコーラを渡り登り続けると明るい空の光が差し込む稜線にでる。9時にオーシーサに着く。今日はゆっくりした行程なのでコーヒーブレーク。その一帯では広くはないが耕作がされていて、牛の臭いと啼き声が聞こえてくる。

9時40分出発。ここからは稜線を越えて先に進む。樹林はあるもののじょじょに頭上は空を仰げる明るいトレイルに変わり、高度を上げていく。11時ごろ、おおよそ2800mの高度になるが、曇っていることもあり空気がひんやりと肌寒さを感じるようになった。周囲の樹林も巨木が少なくなり、シャクナゲの群生に変化してきた。
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九十九折の急登が続き、11時30分にダラカルカに着く。今日のキャンプサイトだ。小屋は一つだけ使える。そこがドルチさんの炊事場に早変わり。もう一つの小屋には鍵が掛かって入れない。いずれにしてもここは通過地点でしかないので宿泊地というよりバッティー程度なのだろう。
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ここはちょっとしたテラス状になっていてその突端に私のテントが張られる。登ってきたルートを見返せば晴れていれば見晴らしの良い場所なはずだ。
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さすがに夕方になると曇っていることもあってますます肌寒くなる。ポーター達が山に入って枯れ木を集めてきて焚き火が始まった。手際よく着火して煙を上げて炎が立ち上る。私も焚き火の脇に陣取って暖を取る。風向きによって火花が飛んできたり、煙にむせたりしながら夕食を待つ。

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挑戦ーマカルー・アラウンド⑤2014/12/3 タシガオンへ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月3日(水) タシガオンへ

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久しぶりに息子に再会したダワさんのお母さんは名残惜しい思いを手作りの蜂蜜に託した。蜂の巣ごとの素朴な蜂蜜だ。当地では健康食として貴重品だから命の代わりということに通じる.。親族、知人の見送りを背にしてタシガオン(2100m)に向かう。
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ここからは完璧なローカルルートだ。ダワさんは残って家族とのいろいろなやり取りがあったのだろう後を追うので先に行って欲しいとのこと。ドルチさんをガイド役に8時15分出発、いくつかのルートがあると聞いたが、最短距離になるダンダまで直登のトレイルを選ぶ。最初は踏み跡がハッキリしていたが、すぐに藪こぎになり、岩をよじ登り、まるでルート開拓の状況でとても人が行き来している様相ではない。鬱蒼としてジャングルのなか、苔むしているので足場が滑りやすい。さすがにドルチさんも2度と来たくないとこぼす。多分ルートファインディングを間違えたのだろう。9時15分、1時間ぐらいの強烈な登りがようやく緩やかになったところがダンダ、ラプシラだ。ここにマニがあったのでようやくプロパールートに合流できたことが分かった。

マカルーのピーク、そしてチョモラン、ネパウが稜線越しに見える。ここからは本来のルートなので快適だし、見晴らしが良い。右手眼下には大きな集落ナパガオンの集落が見え、その先にはドルチさんの故郷フロペッサ、ここからは見えないが稜線の向こうに目的地タシガオンがある。
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10時15分ナパガオンの集落に入る。11時45分ハムレビラにあるチョルテンで一休み。ここからは右手にはセドゥワ、そして遠くの谷越えにはトレッキングの出発地であったヌムも見えている。
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12時過ぎ、コーラの近くで昼食。先は緩やかな下りで道も整備されているので里山を満喫できる。2時10分にはタシガオンの集落が視界に入り、3時前にはキャンプサイトに着く。
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タシガオンは定住村の最後になる。大きな集落でキャンプサイトの左手下にはちょっとした商店が軒を並べていて、この一帯の交易地になっている。シーズンオフなのでトレッカーは我々だけだ。

当地でも冬虫夏草ブームに沸いている。おかげで以前には想像できなかった収入が得られるようになってポーターのなり手が居なくなってしまったらしい。以前ならポーターを選べたのに今ではガイドから頭を下げても見つからない状態になっている。ダワさんは幸いこの地方の出身なのでその苦労はないと言っていたが。
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タシガオンに来てはじめてゴンパがあった。それもラマの居ない村人が守っている掘っ立て小屋だ。エベレスト街道とかジョムソン街道には立派なゴンパがあるのだが、不思議と当エリアにはゴンパがほとんど無く、ましてや立派なゴンパなどは皆無だ。この相違がどこにあるのか分からないが、経済力の相違なのだろうか。
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タシガオンには高名はクライミングガイドが多数いる。キャンプサイトの経営者もその一人。ロッジの看板にはどこのピークに登ったという看板が誇らしげに掲げてある。

明日からの本格的なトレッキングがスタートするので、ワクワクする気持ちと難度の高いトレッキングの怖さに緊張が走る。

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挑戦ーマカルー・アラウンド④ 2014/12/2 ヌルムガオンへ [マカルーからシェルパニ・コル]

12月2日(水) ヌルムガオンへ

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快晴の朝を迎える。清々しい。今日は本来のルートを外れてガイドダワさんの故郷に立ち寄ることになっている。セドゥワから4時間の行程らしい。キャンプサイトの真上に続くトレイルがタシガオンに行くプロパーコースだが、キャンプサイトの左手をトラバースするように向かう。

今回のチームを紹介しよう。ダワさんとサブ・ガイドでカメラポーターのヌルブ君、彼はダワさんと同じ故郷のクライミングガイド(ピークハンのサポートもできる技量を持っている)、まだ20代半ばでお子さんもいる。彼の活動の中心はインド・ベンガル州のダージリンで、今回ダワさんがわざわざ呼び寄せた。その理由は単にカメラポーターとして適任と言うことではなく、シェルパニコルから先の難ルートでの高度なサポートのためだ。見るからにマッチョなタフな青年だ。
料理は名コックのドルチさん、ドルチさんとは4回目の同行になる。他にはプルチエ君と何回も一緒したダワさん(ダワはシェルパ族では大勢の人の名前になる日本で言えば太郎みたいに)だ。プルチエ君は小柄だがタフで若干の日本語を話せる陽気な青年だ。ドルチさんが一人前にするために日本語を教えたり、料理の手解きをしている。ドルチさんが子飼いとして期待している青年だ。ダワさんはバーナーと燃料担当。それ以外のポーターとはやり取りをすることもなく名前を交換することもないので記憶していないが、一人はヌルブ君の推薦があった強者の青年一人を除いて多くはダワさんの親戚や同郷の人だ。

8時過ぎに出発してしばらくはなだらかな下りになる。8時半にはムルガオン(760m)、700m強下ってしまったことになる。冬とはいえ快晴のもとでは汗が出るほど暑い。ムルガオンはライ族の集落で、農耕に相応しい土地が広がっていて、すでにジャガイモの新芽がのぞきはじめていた。

ここのトレイルはトレッカーが歩くと言うよりは地元住民の生活道路として整備されている。丁度学校が始まる時間でセドゥワにある学校を目指して歩いてくる子供達と行き交う。私に特別好奇心を持つ訳でなくさり気なく過ぎ去っていた。
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ここからヌルムガオン(1310m)は登りになる。ウンシン、そしてバンチェのガオンが前方視界に入る。大きな岩があちこちに屹立していて、ヒマラヤでは珍しい光景だ。ここからはシェルパ族の集落になる。右手からしっかりした道が合流する。それはロバ隊のキャラバン道になっている。

さっき見えたガオンには向かわずに我々は右手上に向かう。

しばらく行くとリンガランという廃村を通過する。今では棚田の跡らしき痕跡が残っているだけだ。確かに辛うじて農耕は可能に思えるが、家族を支えるほどの農作は難しいのだろう。おそらく富の格差が歴然としてきた今日では豊かさを求めて棄村するのは必然なのかもしれない。
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コグランダンダ(峠)に着く。はじめてマニウオールがあった。ここまでは部族がミックスしていたのでブッディストの象徴であるマニはなかった。マニがあるのはまさにシェルパ族の世界に入ったことを示す。

12時最後の急登をつめると前方にヌルムガオン(1310m)が見える。左下がりの緩やかな傾斜地には家が点在し、収穫後の棚田が続いている。
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その中の一つがダワさんの実家だ。実家は母親とお兄さん家族(お嫁さんと次男、長女)が住んでいる。実は長男のジャンブはカトマンドゥに出てダワさんと一緒に生活しポーターをしている。前回のトレッキングでは一緒した知り合いだ。
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ダワさんが帰ってきたことを知った大勢の知り合いが次から次と訪ねてくる。夜になると大宴会になる。長女があわを粉に挽き、火に掛けた鍋に入れて繰り返し水を入れながら捏ねる。徐々に粘度を増していく。火が通った頃合いで取り出し、それを団子状にしてそれを一人ひとりに配る。それをタレにつけて食べる。決してご馳走とは思えないがこれが伝統的な習慣のようだ。
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挑戦ーマカルー・アラウンド③ 2014/11/30~12/1 ヌムそしてセドゥワへ [マカルーからシェルパニ・コル]

11月30日(日) ヌムへ
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ロッジの名前が「miss you hotel」だった(笑)。カンダバリはネワール人が多数派でそれ以外にはライ族、チェトリ族、若干のシェルパ族で構成された都会だ。8時前にチャーターしたジープが来た。乗り込むとすぐにカンマニベンジョンを通過する。そこでポーター達と合流する。大量の荷物もあるのでもう一台のジープをチャーターし、最終的に何人のチームになるのか分からないがここでは10名が乗り込んだ。

9時にチェンクタダンダを通過。天気が良ければここからマカルーを望めるのだが、今日は残念ながら雲の中だ。しばらく行くとマカルーのピークが雲を突き破って覗いてくれた。左手に見える白い山はチョモラン(7200m)だ。
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9時15分チチラ(1980m)のガオンに着く。カンダバリから山に向かうとグルン族の集落が続くが、このガオンではシェルパ族の世界に変わっている。チララでは警察の検問がある。何も問題なく通過する。
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9時半クワパニを通過。整備された道路もだんだん悪路になる。右に左に、そして前に後ろにと頭が揺さぶられる。最初は首のマッサージ代わりと堪えられたが、徐々に不機嫌になっていく。
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10時にスケパトル、バッティーでチャイを飲み一息入れる。ここはグルン族のガオンで右手の斜面を降りるとガオンの家並みがあるらしいが視界には入らない。マカルーの本峰の全貌が一瞬見えたが、すぐに雲間に隠れる。

デオラリ(2104m)の峠を越して緩やかに下っていく。10時15分にはシェルパ族のガオン、ムレに入る。もうヌム(1560m)は近い。11時にはヌムの家並みが視界に入り、すぐに集落の道に入る。運転を間違えると家の軒先に当たるのではとハラハラする。急に広い広場にでた。さらに先に進んだ左手のロッジが今日の宿泊場所になる。ヌムはグルン族中心のガオンで、車の行き来ができる終着地であり、この一帯の集散地でもある。

当地のグルン族は伝統的な服装、習慣を守っているアンナプルナ地方の人とは違ってごく普通の服装だ。それとカンダバリから当地までで出会ったライ族の習慣は珍しい。ライ族のご婦人とりわけ老婦人は鼻輪を付けている。
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ヌムの広場で今回のトレッキングに持参する食料、ギアの最終点検、そしてポーターに持って貰う荷物の仕分けなど、ドルチさんをリーダーに大わらわ。日差しも強く、とても12月とは思えない陽気だ。
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夕方にはさらに2人のポーターが加わった。二人はダワさんの故郷ヌルムガオンから駆けつけたダワさんのお兄さんと知り合いだ。

宿泊するロッジのご主人は流暢な日本語を話す御仁。どこで覚えたのかと聞くと、実は日本の工場に出稼ぎに行っていたそうだ。トヨタの関連工場で5年近く働らいていたので、日本のことにも精通している。こんな奥地で日本語を話せる人、日本に行った経験のある人と出会うとはびっくりした。

12月1日(月) セドゥワへ
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今朝はうってかわって気持ちいい快晴になった。ロッジの前では子供達が大勢遊んでいる。少子化の日本の地方と比較して羨ましい限りだ。北側に目を向けると左手に白い三角錐の山、ネパウ(6809m)が美しい。 この山は仏教徒にとっての神聖な山で入山禁止になっている。そこから右手に目を移すとこれから進むマカルーに通じるトレイルだ。
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今日は一気にオルンコーラまで下り、対岸にあるセドゥワ(1500m)まで登り返すタフな一日。7時半に出発。ロッジの裏手にある道を下る。車の通れるような道をしばらく行って、すぐに右手のトレッキングトレイルに曲がる。標高差約800mの下り、登りのトレイルだ。4人のスエーデン人トレッカーが追い越していく。いつもながら白人のタフさには脱帽だ。彼らはカンチェンジュンガから当地経由でオルンコーラを下ってカンダバリに向かうという話だった。そのルートは難易度が高いらしい。
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右手眼下には農耕地が広がる。刈り取られたあとの棚田が黄色に輝き美しい。日本の棚田とは比較にならないスケールだ。右手上を見上げるとセドゥワの集落が望める。九十九折りの急坂をどんどん降りること1時間45分だっただろうか、9時40分オルンコーラに架かる吊り橋(680m)を渡る。幸い下りは日影なので汗をかくこともなく降りる。
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今度はセドゥワまでの急登だ。森林地帯を登りしばらくすると棚田が続く。急登になったので10時にチョウタラで一息入れて先を急ぐ。10時半ライ族のガオン、ムンブンバに着き、早昼飯となる。一軒の農家がバッティーも経営している。ドルチさんの手の込んだ昼飯だ。
かなり時間が掛かるのでそのあたりを散策する。納屋の前には見事なバナナが実っている。ダワさんがもぎ取って「どうぞ」と差し出してくれた。当然あとで代金を支払っていたが。バナナは蒸し暑い熱帯の果実と決め込んでいたので、味は期待せずに口に入れた。ところがここのバナナはサイズが大きい上にしっかりした甘みとその甘みを強調する酸味があってとても美味しかった。ネパールの市街地ではモンキーバナナかインド産のバナナで、収穫後時間が経ったものが普通なので味に明らかな違いがある。思いがけない上等な味に感激ひとしおだった。
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バナナを昼前に食べてしまったので肝心の昼飯が食べられるだろうか不安になる。

ふと気がつくとポーターの一人は裸足で歩いている。痛そうな岩の上でも靴を履いていると錯覚するように歩いていく。ダワさんに聞くと自分たちは小さい頃は雪の上でも素足で歩いていましたとのこと。

12時50分昼飯を終えて出発する。急登の連続なので小休止を入れながらビスターレ(ゆっくりと)で先を進む。1時10分にはライ族のガオン、シュッテムに着く。急登が続き喘ぎ喘ぎ登る。この斜面は思いっきり太陽を浴びてしまうので12月とは言っても汗だくになってしまう。2時半セドゥワの集落に入る。傾斜地にあるガオンで、急坂を登っていくとキャンプサイトに着く。ここは広いキャンプサイトだ。20張り以上のテントは張れるだろうか。オンシーズンではテントの花盛りになるが、この季節はオフシーズンなので我々以外には誰もいない。
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セドゥワはもともとはライ族のガオンだったのが、奥地からシェルパ族が移り住んで今では他民族のミックスになっているらしい。ライ族とシェルパ族では信仰宗教が違うのだがブッディストとヒンドゥー教徒は共存して平和な社会を作っている。諍いは一切ない。
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挑戦ーマカルー・アラウンド ②2014/11/27~29 カンダバリを目指して [マカルーからシェルパニ・コル]

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おそらく人生で最大にして最難のチャレンジとなるであろうマカルーBCからシェルパニコル越えにいよいよ出発となる。
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11月27日(金)の深夜羽田からタイ航空を使って出発する。BKKには順調に到着したものの、KTMで南アジアサミットが開催中でKTM空港の日中使用が禁止になったため結局はKTM13時到着予定が17時前の到着となった。ガイドのダワさんには飛行場で長時間の待機をさせてしまった。
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トリブバン空港からタクシーでタメルに向かったのだが、交通規制が行われていたので、中心部までの流れはいつになくすいすいと移動ができた。しかし都心に近づくに従って流れが悪くなり、王宮近くでは完全に移動出来無い状況になった。

後で分かったことは中心部への車乗り入れがVIP移動のために乗り入れ禁止になったのが理由だった。そこでやむを得ずタクシーを乗り捨てて、ダワさんは荷物を背中にさらに両手に荷物を持ちながら都心部を移動してその先、禁止地域を越えてからリキシャを雇ってホテル・サムサラリゾートに向かう。

予定では翌日ツムリンタールに向かうことになっていたが、南アジアサミットのために翌日もフライトが全面的にキャンセルとなり、29日に搭乗予定となった。

29日11時のフライト。トリブバン空港の国内線に向かう。このターミナルもようやく拡張工事が始まっていた。待合室のインフラも確実に改善されている。出発便の予定が電子掲示されるようになったし、トイレも多少は清潔になっていた。何しろ以前は手洗いの水も出なかったことを考えると今昔の感ありだ。
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ところがこのフライトもディレイとなり、結局は14時半の出発となる。航路は途中までルクラと一緒だったが、途中からは多少南側に軌跡を取りツムリンタールに向かう。天候は最高でタムセルク、エベレストも確認出来た。
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ツムリンタールはネパールの東南部に位置して亜熱帯の気候だ。予想では平原状にある飛行場と思っていたが、小高い丘陵地の盆地にあった。一日に2便しかフライトがないローカル空港だ。飛行場ではコックのドルチさんが待っていた。彼の料理は疲労困憊するトレッキングでは命綱だ。彼の都合もあって今回のトレッキングが寒い12月になったと聞いている。
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ジープで今日の宿泊地カンダバリに向かう。道はネパールとしては珍しく、綺麗に舗装されていて快適なドライブだ。周囲の土は赤茶けた色で煉瓦の原料になるらしい。カンダバリは1時間も掛からない先だ。あっという間に到着した。街の中心地にあるホテル。といっても名ばかりでただホットシャワーが使えるのが救いだった。ホテルから階段を下りて広場に向かうと賑わっていた。今日はバザールの日でテントには雑多の商品が山積みになって並び大勢の人で賑わっている。ドルチさんはトレッキングに使う食材を買い求めていた。
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晩秋の身延 [思いのまま]

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晩秋の身延。紅葉のピークも過ぎて冬支度の世界。南アルプス街道は身延から広河原そして甲府に通じる山岳道路だが、すでに奈良田温泉から先は閉鎖になっている(閉鎖前も奈良田から先マイカーは入れない)。奈良田温泉は低張性アルカリ高温泉、源泉温度42.2℃、PHが8.6という強度のアルカリ泉で入浴すると肌がつるつるになる。日本中の温泉、秘湯を巡ってきたが、ツルツル度では最高ランクになるだろう。奈良田の手前には西山温泉があってここも秘湯と言われている。2軒の宿があるが、町営の湯島の湯に入る。コテージの傍らに鄙びた木造の露天がある。現在は寒いので囲いがあるが。泉質は奈良田と似ている。この二つの温泉の素晴らしさは正真正銘の掛け流しと言うこと。飲料としても可になっている。
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雨畑湖を経由して大井川に向かう林道を目指す。ところが肝心の林道は大雨で崩壊して通行不可になっていた。十数年前にもトライしたことがあったが、その時も越えられなかった林道だ。残念無念の思いで引き返そうとしたら右手の崖から見事な滝が落ちている。見神の滝だ。
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そこから引き返す。国道52号線に入る手前に赤沢宿の看板が目に入ったので右折して山道を登る。急坂で狭い道なので気を使う道だ。10頭近い猿が道を過ぎるのが目に入った。上り詰めると歴史を感じる味わいのある建物が集落(重要伝統的建造物群保存地区)を作っている。ここが赤沢宿だ。地の人に話を聞く。ここはいわゆる街道筋の宿場ではなく、身延山(久遠寺)から七面山登詣の道筋にあり、登詣客がここで一休み、あるいは宿を取った宿坊とのこと。信仰篤い日蓮宗信者が列をなして行き来したそうだ。いまでは宿坊も一軒だけ、現役で残っているのは江戸屋だけになった。かつての栄華も今は、と時代の変化を実感し感慨に耽った。
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本栖湖を経由した帰路では、闇夜に浮かぶ富士が見事に浮き立っていた。一路東京に。
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挑戦ーマカルー・アラウンド① [マカルーからシェルパニ・コル]

出発まで1ヶ月を切って昨日ビザの申請も終わった。先日の健康診断で心臓、脳には異常なし、血液検査もパスをした。破傷風のワクチンは昨年打ったので問題なし。いつものことだが高揚感とともに不安が過ぎる。

先週、ガイドを依頼しているダワさんからメールが来た。私の知り合い、といってもブログを通じて知り合った方だが1ヶ月前にダワさんをガイドに私が目指すルートにチャレンジした。その際にトラブルがあったという報告だ。

シェルパニ・コルを越してさらにウエストコルを越える際なのか詳細は不明だが、装備、食料をクレバスに落下させてしまったとか(人間でなくてホットしたが)。当然奥地の奥地なのでその後の対応が大変。食わず飲まずでルートを変更してアムラプチュ・コル越えを断念してメラピーク側に沿って下りることになったらしい。

このルートは私にとってただでさえ困難なルートへの挑戦なので、この情報はさらに不安を増幅させているのが正直な気持ちだ。

友人からの壮行会をして頂いたあとに、必達したいという思いと冷静なリスクの想定と最悪の場合の退却も視野に入れなければならない。さすがに今回は今までのトレッキングとは違って緊張感と不安が脳裏を過ぎっている。
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福島・いわきの現在(震災の後遺症と原発) [思いのまま]

震災に係わった自分の行為と言えばただの「よそ者」でしかなかった。具体的行為と言えば宮城県にふるさと納税をしたことと写真の個展で買って頂いた写真の収入を飯舘村に寄付したくらい。何もしなかった後ろめたさもあって現地に近づく気持ちになかなかなれなかったのだが、たまたまいわきに住む後輩からお招きを頂いたので足を踏み入れる切っ掛けが出来た。
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いわきは津波の激甚被災地でもあり、福島原発の影響をもろに受けている双葉郡はすぐ真北にある。常磐線は竜田駅で折り返しになっている。竜田駅は楢葉町にあり、住民は避難しているため人ッ気は全く無い。駅前のポストも封印されて、放射線測定値が表示されていた。0.234マイクロシーベルト(22日19時現在では0.45)を示し、東京の一桁以上、上になっている。この先北に向かうと帰還困難区域。先週通行可となった6号線を北上すると大熊町、双葉町、浪江町と表示板には見慣れた地名が次から次と。
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国道両側はフェンスによって完全に封鎖されて止まることも許されていない。2輪車は現時点で通行不可となっていた。右手遠くに巨大なクレーンが林立し送電線がそこを目指している先が福島第一原発だ。この一帯は間違いなく将来的にも復旧、復興とは縁のないエリアなのだろう。総理が軽々にアンダーコントロールと叫んで東京オリンピックを誘致したこととこの現実には改めてギャップを感じた。
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原発復旧工事は巨額に及び、多くの作業員が全国から当地に来ている。だからいわき市はある意味特需景気に潤っているが、そのために治安が悪化したり、補償で潤った人と古くから居る人とのフリクションもあるようだ。
帰路、いくつかの漁港に立ち寄ったが、漁船は停泊しているものの動いている気配は全く無い。近海漁業は汚染のために試験操業以外は出来ないからだ。のどかに釣り糸をたれている人がぽつんと、その姿に現実とのギャップがあって奇妙だった。
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いわきの臨海部は軒並み津波に襲われたが、その痕跡はすでに跡形もなく、区画整理事業の看板が痛々しく建っている。なかにはぽつんと一軒だけ残っている家もあったが、居住はしていない。補償は一線を境に補償がされたり、されなかったり。悲喜こもごもの現実があるようだ。
後輩のお兄さんが中学の教師だったが、その方の記録を拝見すると想像を絶する体験だ。それをそれなりに理解出来ると言ったら失礼だが。そのなかで被災者だから、ということで救援者側に加わらない人もいた、という条にはどちらの気持ちも理解出来るのだが、自分が当事者だったら被災者でありながら救援者として活動に参加していたのだろうかと確信が持てなかった。
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いわきの南部にある小名浜港は復興が進んで賑わっていた。製氷工場が再建途上で上部が津波時の避難所になるらしい。みなとオアシスでは物産販売に多くの観光客で賑わっていた。ささやかな貢献と産地を確認しながらお土産を購入する。
当事者であるのかないのか、被災者と救援者、原発被害者なのか享受者なのか、復興復旧が出来るのか出来ないのか、立場によってギャップが生じるのはやむを得ないが、社会との関わりをどのように意識するかが問われるのだろう。
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STAP細胞 [思いのまま]

笹井副センター長の自殺という悲劇に世の中は様々な反応である。概して世の中の見方は冷ややかだ。

マスコミの異常な下世話的取り上げ方に研究一筋で生きてきた方だけに耐性が無かったのか。いや普通に生活をしている人間でさえ、というか我が身に置き換えてもどれほどの絶望感に追い込まれてしまうだろうことは想像に難くない。

以前金融界で禄を食みバルブ崩壊の渦に飲み込まれた際、何人もの友人が死を選んでいたのと彼我の差はあるがある意味同じ状況ではないだろうか。

今回の事件で思うことは、世論の大方は笹井氏や小保方さんへの非難に終始しているようだが、その裏にある背景にメスが入っていないように思える。それは理研の有り様だ。ここからは個人的な想像でしかないが、組織的行動の特質には個人の思いとか夢とかとは違った人間を変質させる偏執的行動を要求されると言うこと。理研の権威・権力の強化=研究費の導入、関西と関東との抗争、京大対東大も探る必要がありそうだ。

同じ状況は医学の世界では相変わらずの医局講座制が脈々と継承されており、一人の医師としての魅力と教授としての振る舞いを見るとき極端な落差を感じることしばしば。魅力を感じる一医師でありながら医局という組織を背負った時にはヤクザと紛うような発想になっているのを垣間見ることがある。理研も医世界の一翼だ。そんな価値観の延長に今回の事件があると思うのは見当違いだろうか。
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初ゼミ [思いのまま]

広い意味で言えば都心に住んでいる私だが、自然との接点は多少残っている。外壁には蝉の抜け殻が数年しがみついたままだ。ヤモリも家の守り神として鎮座している。

今朝遅まきながら初ゼミの声を聞く。なんとミンミンゼミだ。例年ならニイニイゼミが先導して蝉の世界が始まるはずだ。ところが昨年もそうだったがその声を聞くことが少なくなった。幼少時の思い出では蝉の順位付けがあって、最下位にあったのがニイニイゼミで、アブラゼミが次ぎ、ミンミンゼミを網に捕獲できたら小躍りしたのを思い出す。ここにも季節の流れが変化しているのを感じる。我々にとっていいことなのか、不幸なことなのか、それは時代が証明してくれる。

平和を希求する良識があった [思いのまま]

暴走する安倍政権に一矢を報いた滋賀県民の的確な判断に敬服。原発推進派vs卒原発派という戦いだけではなく、平和を希求する率直な市民の声が反映されている。反権力を標榜していたマスコミもころっと転向して戦争に一気に驀進した戦前とは違う日本であって欲しい。
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矛盾だらけの集団的自衛権 [思いのまま]

総理が集団的自衛権の閣議決定について語っている。まずは憲法の本質を恣意的な解釈でねじ曲げることが許されないと言うことは専門家の法学者も語っている。またその目的が国民の命を守ると言うことらしいが、米国により密着した日本になることで米国を敵視する国からは米国同様に敵視されることになる。例えば9.11以後に米国への燃料給油をしたことが親日的だった中東の国に反日感情を芽生えさせてしまった(中村哲先生も指摘されている)。また一番リスクの高い近隣の中国や韓国(北朝鮮は別の意味で)とは日本が戦う強い意志を持てば持つほど軍事的緊張を高めるはずだ。油に火を注ぎながら積極的平和主義と言っても矛盾が露呈しているわけだから誰が信じるだろうか。

自衛権行使「新3要件」公明が原案 自民案装い、落としどころ 西日本新聞より [思いのまま]

自衛権行使「新3要件」公明が原案 自民案装い、落としどころ
2014年06月20日(最終更新 2014年06月20日 03時00分)
公明党の山口代表は首相との1対1の会談後、72年見解について「尊重しながら議論する」と記者団に述べた=19日
公明党の山口代表は首相との1対1の会談後、72年見解について「尊重しながら議論する」と記者団に述べた=19日

 集団的自衛権の行使を可能とする憲法解釈変更の閣議決定は、19日に行われた安倍晋三首相と公明党の山口那津男代表の党首会談で最終局面に入った。
 解釈改憲の核心は、自民党の高村正彦副総裁が提案した自衛権行使の「新3要件案」だ。特に「他国に対する武力攻撃が発生し、これにより国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される恐れがある」という集団的自衛権行使に絡む文言をめぐり、自公間で調整が続く。
 だが、実はその原案は、公明党の北側一雄副代表が内閣法制局に作らせ、高村氏に渡したものだった。解釈改憲に反対する公明党が、事実上、新3要件案の「下書き」を用意したのだ。
 「私が考える新3要件というものの、たたき台を作ってみました」
 13日の安全保障法制整備に関する第6回与党協議会で高村氏が突如A4サイズの紙を配った。「集団的自衛権の行使はできない」と結論付けた1972年の政府見解の一部を引用し、行使を認める逆の結論を導き出す私案だった。「この紙を見たのは初めてだ」。協議会後に北側氏は明言した。だが、事実は違う。
 政府関係者によると、その数日前に公明党執行部がひそかに集合。解釈改憲で対立する首相と山口氏の「落としどころ」を探るためだった。連立維持を優先させ、解釈改憲を受け入れる政治決断の場でもあった。
 山口氏が「憲法解釈の一番のベースになっている」と尊重してきた72年見解を援用する形で、限定容認と読み取れる原案を内閣法制局に作成させる。北側氏がそれを指示していた。
 原案に自公協議の焦点となる「恐れ」があったかどうかは分からない。しかし、自民党関係者は言い切る。
 「新3要件は自公の『合作』だ」
 ■「平和の党」連立に固執
 公明党が17日に開いた安全保障法制をめぐる会合。
 「被爆国として個別的自衛権の範囲でやりくりしながら、不戦の誓いを守ってきたのではないか」(中堅議員)
 「同じ1972年見解から逆の結論を導き出して論理的な整合性が保てるというのなら、きちんと説明してほしい」(若手議員)
 「政府が示した事例で集団的自衛権が必要だと主張する議員が一人もいないのに、なぜ行使容認の閣議決定案の議論に入るのか」(ベテラン議員)
 19日の会合でも「高村私案には地理的制限がない」といった異論や慎重論が相次いだ。新3要件の高村私案は、党執行部が「下書き」を指示したものだったとは、一般議員は知らない。
 執行部が限定的ながら解釈改憲を受け入れた以上、党内会合はガス抜きの場になりかねない。政府筋は「公明党幹部から『まだ騒ぎますけどすみませんね』と言われた」と打ち明ける。
 だが、安倍晋三首相に譲歩した執行部と、反対を続ける一般議員の溝は埋まっていない。この状況に最も苦しんでいるのが、党内で解釈改憲に最も強く反対してきた山口那津男代表だ。
 弁護士出身であり、防衛政務次官を経験して安全保障政策に精通する。もともとは72年見解を盾に「憲法解釈を変えるなら論理的整合性などを保つ必要がある」と訴えてきた。連立維持のためとはいえ、解釈改憲受け入れの決断を余儀なくされ、じくじたる思いが募る。複数の関係者によると、山口氏が「俺が辞めればいいんだろ」と漏らす場面もあったという。
 しかし、党関係者の一人は言う。「代表辞任は許されない。辞めれば党が『筋を曲げた』と認めることになる。ますます党員や支持者に説明がつかなくなる」
 限定容認論では一致した自公だが、「限定」の範囲をめぐっては、なお大きな溝がある。公明党が最後の抵抗をみせるのが、集団的自衛権の行使による海上交通路(シーレーン)の機雷除去だ。
 戦闘状態での機雷除去は武力行使に当たる。首相は輸入原油の8割以上が通るペルシャ湾のホルムズ海峡を念頭に、日本の生命線である原油確保のため、集団的自衛権による機雷除去が必要だと主張する。
 これに対し、公明党の井上義久幹事長は「首相は国会答弁で『武力行使を目的とした自衛隊の海外派遣はしない』と述べた。矛盾ではないか」とかみつく。
 自民党は、機雷除去を含め、政府が示した集団的自衛権行使の8事例について「新3要件案で全て対応できる」と譲る気配はない。公明党は、自分たちが「下書き」を用意した新3要件案によって、自縄自縛に陥る可能性がある。
=2014/06/20付 西日本新聞朝刊=