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コンマ・ラからエベレストへ ブログトップ

アッパードルパを断念 そして再度エベレストトレッキング [コンマ・ラからエベレストへ]

2012.10.11

当初の予定ではアッパードルパに向かうことになっていたが、再度断念の憂き目に。その理由はネパールガンジからジュファールに飛ぶはずのフライトがキャンセルになったためだ。現地のガイドの報告ではエベレスト方面に向かうルクラ路線が繁忙期になるため閑散となる路線から機体を振り向けるためだという。真相は現地に入って確認するが、2度にわたって計画を断念することになって心中穏やかではない。
来年こそはフライトが飛ぶ9月に現地入りする計画を立てて3度目の正直となって欲しい。

そのような事情で今回は急遽エベレスト周遊に変更となった。ティンボジェまでと、ターメからレンジョラ越えでゴーキョは経験済みのトレイルだ。今回はチュクンを経由してコンマラ、エベレストBC、カラパタール、チョララを越えてゴーキョにさらにレンジョラを越えてターメ経由でナムチェバザールに戻るルートとした。

5000M超の峠越えそしてピークハントが何カ所かあるので、体力的にはハードなトレッキングになるが、幸いこのルートではいつでもルート変更が可能なので不安はない。このルートの魅力は8000M級の山々(エベレスト、ローチェ、マカルー、チョーオーユー)を一望出来る最高の景観が楽しめることだろう。知っている範囲になるがバルトロからK2を目指すルートと双璧ではないだろうか。

15日深夜の出発でBKK経由でのKTM入りになる。話ではチャーター便で成田からKTMへの直行便が近々スタートすると云われている。そうなるとネパールも少しは近い国になりそうだ。

再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)1 [コンマ・ラからエベレストへ]

カトマンズへ(20121015,16)

0:30羽田発のANAに搭乗する。羽田発でBKKに行けるようになって便利になった。今まではタイ国際航空を利用していたが、マイレージもたまり期限切れになることもあって今回はANAを利用することにした。機材は767-300、ビジネスクラスだったのだが、中型機なのでさすがにシートのレベルは低い。睡眠薬がわりにカンパリソーダをグイッと飲み込むと下戸の私はあっという間に睡魔に襲われて快適な眠りについた。

ところが腰の痛みで目が覚める。確かにシートは十分に背中を伸ばすほど長く延びないので多少くの字にならざるを得ない。寝返りをして何度か快適さを求めたが難しい。その後はウトウトするものの気持ちいい睡眠になることはないままにBKKに着く。

BKKは雨が降っていた。そういえば昨年は洪水に見舞われた直後で多くの工場が被害を受けたのが話題になっていたことを思い出す。この時期はタイは雨期なのだろうか。ヒマラヤはようやくモンスーン明けだからトレッキングシーズンに入っている。ネパールより東にあるタイなのでまだモンスーンの影響が残っているのだろうか。

BKKからはタイ航空になる。エアラインの違うトランジットは初めてなのでちょっと不安だったが、特段の問題もなく移動した。数時間の待機時間があるのでラウンジでのんびり寛ぐ。日本の飛行場のラウンジと違ってBKKは広いし、スナックも充実している。ちょっとした軽食もある。今までは空港内でウインドショッピングなどして時間を潰したが、その興味も失せてソファーに腰を掛けて珈琲を飲みながウオークマンでクラシックを聴きながら夢の世界を彷徨する。

BKKからはいつもの10時半発のタイ国際航空に搭乗する。機材は777だ。ゆったりしたシートに羽田→BKKでこのシートだったらどれほど楽だっただろうと恨めしく思う。ヒマラヤトレッキングはハイシーズンのはずだが、機内はかなりの空席が目立った。
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しばらくは雲の中の飛行で多少の揺れがあった。ベンガル湾上空になってようやく雲も切れ、コバルトの海を眼下に見ることが出来た。しばらくしてふと窓から右手前方を見ると雲間からヒマラヤの山々が雲を突き破って私を迎えてくれている。いよいよトレッキング気分が漲ってくる。ここまで来るともうすぐカトマンドゥ(KTM)だ。KTM盆地の近くでは積乱雲があって多少揺れたが、飛行場での視界は良好、12:45分無事にランディングした。
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荷物の受け取りに相変わらずの混乱だ。昨年はストックが帰国時に返却されるまで行方不明になった。不安が的中、4つめの荷物が出てこない。幸い最後の段階で全ての荷物を手にできてホッとした。きっと不安一杯のガイド・ダワさんが首を長くして待っているはず。彼との再会が楽しみ。

いつものように場外ではにこにこしたダワさんが待っていてくれた。ナマステ!と握手する。ゴールドマリーで編んだレイを掛けてくれる。強い香りが鼻を直撃する。改めてネパール入りを実感する瞬間だ。ダワさんが手配しているタクシーに乗り込み、タメルにあるサムサラホテルに向かう。いつも飛行場からのルートは一寸刻みの渋滞に出会うが今回は今までにない混みようだ。回り道を選んでいるがどこもかしこも車と二輪車そして自転車と人人でいっぱいだ。大きなお祭り、ティハール前だからだろうか。
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サムサラホテルは昨年も使ったので勝手を知っているが、タメルの中心地北にあり街に出るのには便利だ。それとバスタブがあるので嬉しい。ところが今回はハイシーズンたけなわと云うことか、私のような個人は歓迎されていないのだろう。屋上にある追加して造作した部屋に案内された。さすがにダワさんに再調整を依頼する。最初は満杯だとぐだぐだしたやりとりがあったが、交渉の結果下の部屋を確保することが出来た。
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翌日は出発の準備もあって休養日。久し振りにカトマンズの郊外にある古都パタンに行く。
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再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)2 [コンマ・ラからエベレストへ]

ルクラ(20121017)

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昨晩雨が降っていたので天気が気になったが快晴だ。

8時半搭乗手続きに間に合うようホテルを出る。さすがに早朝なので飛行場まではあっという間だ。カトマンドゥの街も交通量に合わせるために道路拡幅工事があちこちで始まっている。それも一原因になって埃まみれは相変わらずだ。トリブバン空港の左手にある国内線ターミナルに着く。

構内は相変わらずごった返している。それは当然だ。今がトレッキングのハイシーズンそのピークだしもうすぐティハールというお祭りもあるからだろう。

今回のスタッフは数年来の知己ガイドのダワさん、すでにホテルで紹介されたコックのビームさん、カメラポーターのラムさん、ポーター2名それにゾキョが2頭になる。カトマンドゥからはダワさんとコックが同行、ラムさんはすでにルクラでポーターとゾキョの手配をして待機している。
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10時半の出発の予定だが、一向に動きがない。ダワさんはあちこちで情報収集をしている。それを集約するとルクラは天候良好だが、途中の天候が悪く、朝早く出発した飛行機も引き返しているということらしい。延々といつになるか分からない出発を首を長くして待つ。レストランでコーヒーを飲んだり時間を潰すが埒があかない。

12時45分ようやく搭乗手続きが始まる。しかしだからといって安心は出来無い。その後にキャンセルはよくあることだ。

待機しているとダワさんがサンドイッチを買ってきてくれる。一段落しても不安がいっぱい。一般的には午前中の方が天候が安定しているのでルクラ行きは午前中と決まっているのだ。待合室に入っても搭乗手続きの気配はいっこうにない。長い長い一日が途方もなく続く。

15時過ぎにようやくバスでアグニエアの搭乗機に向かう。15時45分エンジンが起動し出発準備完了だ。ホッとした。行程を左右するリスクをまずはクリアだ。今日はパクディン泊の予定ではあったが、ルクラ17時着になるので無理になった。今日はルクラ泊まりに変更になる。
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ルクラにランディングすると拍手喝采。20名弱定員のうち10名がロシアの団体客だから大いに盛り上げっていた。ルクラではラムさんとポーターが待ち構えていた。早速大量の荷物を担いですぐそばにあるナマステロッジに向かう。そこはいつも行き来でお世話になるロッジだ。勝手を知っているロッジの食堂でチャイを飲んで一息入れる。
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すでに朝1便で到着した宮崎からのご夫婦と友人の3名がテーブルを囲んで寛いでいた。彼らはカラパタールからゴーキョを周回する予定だそうだ。彼らは朝一番のフライトだったので普通に飛びましたとのこと。朝起きは三文の得、善は急げと云うことなのだろう。彼らとそれぞれの予定や今までのトレッキングの情報交換など話に花が咲いた。

気がつくと雨音がしている。ちょっと気掛かりだが運を天に任せよう。こんばんはハッシュドブラウンとマッシュルームスープの夕ご飯。胡椒のきいたハッシュドブラウンは殊の外美味しかった。

外からは音量を最大にしてアメリカンミュージックが流されている。この場所には不釣り合いだし、けたたましい音は騒音でしかない。10時過ぎてもそれは止まずさすがに苛々が高じてきた。タイミングよくロッジのおばあちゃんが怒りを彼らにぶつけてくれて一気に音量が下がり、ようやく眠りの床につくことが出来た。素朴な地方が観光という毒に犯され始めた現象なのだろうか。

再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)3 [コンマ・ラからエベレストへ]

モンジョ~ナムチェバザール(200121018.19)

10月18日(金)モンジョへ(2835M)

快晴の朝を迎えた。6時にはすでにカトマンドゥからの飛行機の爆音が山に木霊している。今日は順調に飛んでいるようだ。ルクラは2840Mだ。冷気が迫る朝の空気を吸いながら街並みを散策をする。進行方向にはクンビラのピークが望める。

一緒している日本人のグループは一気にナムチェバザールまで行く予定と聞いた。だから早朝出発の手はずだったが、また食堂でお会いすることになった。「あれぇ!どうされたのですか」と尋ねると、昨日約束したポーターが来ないので、再度他のポーターの手配をしているとのこと。そんなこともあるのかと同情もしたが、ご本人達は憤ることもなくそんなことは想定内という対応に経験の違いを実感した。
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今回はゾーキョ(一頭でポーター二人分)に重い荷物を託す。早朝から荷物の割り振りでダワさん達は慌ただしく対応している。
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全ての準備が終わって7時50分に出発だ。ルクラの街を出る。モンジョはルクラとほとんど同じレベルなので今日のトレッキングは足慣らしには丁度いい。とは云ってもアップダウンの繰り返しであることは云うまでもない。
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8時50分ゾングリカルカを通過。9時5分チョプルング(2660M)のヒルトップビューロッジで一息入れる。左手にはコンデレンジの山が連なり、雪を頂いたピークもある。クンビラが目指す目標であるかのように正面に鎮座している。当然視界には入らないがその手前にナムチェバザールの大集落がある。

ここまでは下りながら時々水平トレイルを歩くので負荷はない。という事は帰路では体力消耗しての最後の登りの場面になるのできっと辛い行程になるだろう。行き違った多くのトレッカーが疲労困憊している姿を見ると自分の帰路での疲労感が実感として伝わってくる。

9時50分吊り橋を渡るとタドコシ(2580M)だ。そこからはクスムカンダ(6370M)が望める。10時半ガート(2592M)に着く。ここでランチとなる。すでに先行していたコックのビームさんは食事を準備していた。ガートはナムチェまでで一番大きな集落だろう。

今日の献立にはびっくりした。茄子の味噌煮丼、乾麺うどん、トマトとウインナーを揚げたもの、人参、大根の酢の物という豪華なメニューだった。しかも箸は日本の塗り箸、お椀、ご飯じゃ椀もプラスチック製。今までの金属製のプレート、割り箸かスプーンと比べたら大違い。しかもうどんには生姜と大根おろし付きだったのにはさらにびっくりした。これから毎日こんなメニューを期待できるはずはないが、驚きだった。

12時20分ゆっくりしたランチを終えて出発だ。空は雲に覆われたり、雲間から太陽が覗いたりの不安定な天気だ。
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見事なチョルテンとそれと並んでマニウオールがある。この一帯圧倒的にシェルパ族が多いエリアだから、なにもかもがラマ教の世界だ。

1時にはパクディンに着く。朝の飛行機で着いて通常ならここが最初の宿泊地になる。今回もその段取りだったが、ルクラで一泊したので先に進んで国立公園に入る手前にあるモンジョになった。実際はパクディンで泊まろうが、モンジョにしようがどちらでも結局はナムチェで泊まるには違いはない。ただ、ジョサレからナムチェまでの急登を考えると少しでも前進しておいた方が楽だと云うこと。集落を通過してドゥードゥ・コシに掛かる吊り橋を渡って対岸にあるロッジで一休みする。

2時にはゾンフテ(2730M)に着く。ガートからは徐々に登りが続く。すぐにトクトク(2760M)の集落に入る。ふと左手に目をやると美しい滝が何段にもなって落ちていた。思わずカメラを向ける。不思議なことにこの滝の前を何度も通っていたのに印象が薄かった。トレイルから離れて滝壺にも近づいてみた。
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2時50分ベンカールゲストハウス(2630M)を通過する。ウムラウト付きの表示にドイツ人が絡んでいることが理解出来る。3時15分ドゥードゥ・コシの対岸へ渡る。その先にはテンガの集落まで下りてコーラを渡り急登を終えると3時25分チョモワ(2760M)に着く。モンジョコーラを渡り尾根越えをするともうすぐにモンジョ(2835M)だ。3時50分トレイルの右にあるキャンプサイトにすでにテントが張られていた。すでに多くのトレッカーが幕営して寛いでいた。
とんかつと青菜の炒め物、味噌汁という夕ご飯だった。このような上等な食事は初めてだ。よほどダワさんが気を使って日本人向けの料理を得意とするコックを探してくれたのだろう。

10月19日(土)ナムチェバザール(3440M)へ

7時15分朝ご飯を終える。霜が降りていた。今年は冬の到来が早そうだとダワさんは云っていた。右手にはこのトレイルの象徴的ピークのタムセルク(6618M)が見事に双児のピークを天に向けて突き立っている。
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7時40分出発。正面にはクンビラが屹立している。すぐにジョサレに着く。ここがサガルマータ国立公園に入るチェックポイントだ。ダワさんが一切の手続きをしてくれる。入山許可証を提示すると、問題なく先に進める。ゲートをくぐると一気の下りになっている。コーラに架けられた吊り橋を渡りしばらくは河原沿いの登りになる。8時45分上を見上げるとナムチェへの急登の始まりになる吊り橋が望める。その吊り橋はトレッカー同志なら行き違いが出来るのだが、しばしばゾーキョが移動する時は道を譲らなければならない。ゾーキョは基本的には穏やかな性格だが、突然角を突き出すこともあるそうだ。いつも行き違うときにはダワさんから注意を受ける。時にはストックで近づかないように警告しなければならない。
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ダジャ・ドバン(2836M)の吊り橋を9時にタイミングを見計らって渡る。眼下を流れているのはクーンブ氷河、ンコズンバ氷河を源流とするドゥードゥ・コシだ。エベレストを代表する川だ。吊り橋の上流に新しい吊り橋の基礎工事が始まっていた。それが出来上がるとアップダウンが少なくなり、快適になりそうだ。吊り橋を渡ると急な下り階段になる。人間でも右に左に足場を確保するのに気を使うのにゾーキョがよく足場を間違わずに行き来するのには感心する。
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いよいよここからが急登の始まり、600Mの高度を稼ぐトレイルだ。急登なのでポーターのためにチョータラが用意されている。最初のチョータラを過ぎてしばらく行くと木々の合間からエベレストとローチェが遠望できた。今日は晴れ渡る天気のお陰だ。思い起こすと2003年初めてヒマラヤ・エベレストを拝みたくて来た際にはまったく見ることが出来ず残念無念だったことが思い出された。運不運と云うことがあるのは山では避けられないことだ。
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(左手尾根奥に見えるのがエベレスト・右手にローチェ)
幸運を背負いながら毎日が過ぎてくれることを祈る。9時50分中腹にあるチョータラで一息いれる。そこではミカンやリンゴが売られていた。ダワさんがミカンを買って渡してくれる。登りで汗をかき、筋肉にも多少の疲労があるときには柑橘類は最高の癒しになる。ここからもエベレストが望めた。

出店があると云うことはナムチェがそう遠くないことを意味する。尾根に向って九十九折のトレイルが徐々に傾斜をゆるめ右手に尾根が望めるようになる。いよいよ急登も終わりだと云うこと。そしてナムチェも近いという事だ。10時40分左手にチェックポイントがあり、ダワさんが手続きをする。ヒマラヤスギが繁茂しているその木の間からナムチェバザールの家並みが見えた。ゲートを潜っていよいよナムチェの賑やかな街並みに入る。
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街中にある目指したコンデロッジに付設するキャンプサイトはすでに先客でいっぱいだった。結局そこから急な坂を登ってナムチェの一番上部(3500M)にあるキャンプサイトで幕営になる。ここは人数も少なく閑静な場所なので満足だが、いかんせん場所柄強風には悩まされた。

明日はクムジュン(3780M)に登って高度順応の調整をする。まずはのんびりしたルクラからナムチェまでのトレッキングだった。

再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)4 [コンマ・ラからエベレストへ]

クムジュンで高度順応そしてタンボジェへ(20121020.21)

2012.10.20 クムジュン周回

今日は一日高度順応でナムチェバザールにもう一泊する。朝ご飯前にネパール軍の駐屯地脇を通って山岳ミュージアムに登る。ここからのエベレスト眺望はほとんどの人がトライするところだ。手先に痛みを感じるような寒さだが、風が無いので体感温度はそれほど厳しくはない。一点の曇りのない空に浮き立つエベレスト、ローチェが見事だ。コックとポーターはナムチェに留まり朝ご飯の用意をしている。
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    (タムセルク)
ゆっくりの朝ご飯を終えてクムジュンまでのトレッキングだ。クムジュンは3780Mだから高度順応には丁度いい。ダワさんとラムさんが一緒してくれる。足元に街並みを見下ろしながら一気呵成にシャンボジェを目指す。そこには整備されているとは思われない草ぼうぼうの飛行場があるが、最近ではナムチェバザールにヘリポートが出来たこともあって使用されることが少ないようだ。
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  (アマダブラム)
右手に回り込みながらホテルを通り過ぎて先に進む。エベレスト、ローチェをしっかりと見ることが出来る。草地から木々が生えるエリアに移る。しばらく行くと豪華な作りのエベレスト・ビュー・ホテルだ。日本人が経営者のホテルだがこの場には不釣り合いなバブリーな作りには抵抗を感じた。
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  (エベレストとローチェ)
テラスそして各部屋からエベレスト、ローチェが眺望できるホテルとして有名で、多くのトレッカーが高度順応先として訪れる。同時に観光気分でエベレストを望もうというパック旅行の人々でごった返している。エベレストを背景に記念撮影する人、のんびりコーヒーやティーを飲んでいる人、山岳地帯という雰囲気とはちょっと違った景観だ。強いて云えばヨーロッパアルプス風の風情と云うことか。
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われわれも高いコーヒーを注文して人並みに寛ぐ。一息入れてクムジュンに向かう。この一帯はシャクナゲの群生地になっている。春先なら赤、白、黄色の花で美しいはずだ。なだらかな道を下ってしばらく行くと耕作地が目に入り、牛を使って農作業をしている家族もいた。原始的な農作業のスタイルだ。

クムジュンにはイエッティの頭が保管されているというゴンパに立ち寄る。ここには前回も立ち寄っているので嘘っぽい話には興味無かったが、ドネーションをしてそこを去る。この集落は典型的なシェルパ族の集落。エドモンド・ヒラリーが学校を寄付している。そういえばナムチェから登るときには生徒達が大勢学校に向かう格好で登っていた。この学校を目指していたのだろう。

集落を過ぎると階段状の登りになる。登り口には「save the musk deer」という看板が立っている。ただ、希少動物扱いになっているじゃこうしかにお目に掛かる機会は絶無だ。登り切るとなだらかな下りになり、しばらく行くと眼下にナムチェバザールの集落が視界に入る。

そこからは一気の下降だ。どんどん集落が近づきキャンプサイトに到着。昼ご飯を食べた後はのんびり日向ぼっこだ。プラスチックの椅子を借りて太陽に身体を向けてウトウトする。ただ、ここはナムチェの上部にあるので冷たい風が肌を通りすぎていく。昼下がりにもなると徐々に冷たい風が日差しの温もりを奪っていった。

ラムさんから今日はバザーの日だから街に下りてみませんか、と声を掛けられた。暇潰しもかねて出かけることにする。一気呵成に下ると街の中心地外れで露天商が店を張っている。しかし、昼下がりともなって多くの商売は一段落しておりすでに後片付けしている店もあって人の行き来は落ち着いていた。
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ラムさんは肉の購入をダワさんから頼まれていたようだ。肉塊のぶら下がった店先で品定めをしている。切り刻んだ肉塊を脇に抱えて帰路につく。ヤク肉1.5Kgを買って1500ルピーと云っていた。

10月21日(日)

今日も快晴だ。8時に出発予定だったが、一騒ぎがあった。ルクラからナムチェまで運んでくれたゾーキョは引き返し別のゾーキョに交代したのだが、用意された2頭のゾーキョのうちの一頭が遁走して行方不明になりゾーキョ使いが大慌てで探していた。

行き交う人人に聞いてはみるものの行方が分からない。そのうちにようやくミュージアムの方で見かけたという情報が入り慌ててゾーキョ使いは走っていった。しばらくしてホッとした顔でゾーキョを叱りながら下りてくるのを見て全員ホッとした。それにしてもこんな広大なエリアでよくも見つかるものだと感心した。

我が家のことだが、愛犬が何度も脱走して遙か遠くで警察に保護されて冷や汗をかいたことが思い出された。

一つ気になることだが喉の粘膜が痛みを感じるようになった。ナムチェまでのトレイルは乾燥しきって砂ぼこりが舞い上がる。特に団体やゾーキョのキャラバンと行き交う、その後を追う状態になると必死に呼吸をして息苦しさを解消としようとしているわけだから思いっきり鼻奥まで砂塵が入ってしまう。それが原因だと云うことは以前の経験からも想像がついた。とりあえず悪化を防ぐために予防的にとPLと抗生物質を飲む。
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(クリックで拡大)
しばらくは水平のトレイルが続く。9時50分キャンズマ(3550M)を通過する。右手にはタムセルクが見事に屹立している。10時にはサナサに着く。ここでゴーキョに向かうトレイルとカラパタールに向かうトレイルが分かれる。
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ここからはプンキテンガに向かって急降下する。10時20分ラウシャサの集落を通過する。道幅は十分に広く生活道路の様だ。ここまで来るとターメ経由、ゴーキョを目指すトレッカーはすでに別のトレイルに移っているのでナムチェまでのラッシュではないが、ここはなんといっても一番人気のカラパタールへのトレイルなのでまだまだトレッカーが多い。
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10時40分プンキテンガ(3250M)に着く。ナムチェから300M近く降下したわけだ。2003年2月初めてヒマラヤ入りして、一念発起して目指したタンボジェ(3860M)の時の思い出が蘇ってきた。その時のプンキテンガは侘びしい掘っ立て小屋が数軒あった。小屋に入ると薄暗いなかでランチを摂ったのを思い出す。ところがこの10年の変わり様は著しい。立派なロッジやバッティーが林立して、多くのトレッカーで大賑わいだ。
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プンキテンガからの急登は600Mの登りでなかなかタフだったことを思い出す。12時20分ゆっくりめのランチを終えて出発する。トレイルの右には水力を使ってマニシャを回す仕掛けがあるのだが、現在は壊れて機能していない。

すぐに吊り橋を渡る。これも以前とは比べものにならないほど立派に張り替えられていた。相変わらず乾ききったトレイルの砂塵には苦痛を感じながらビスターレ(ゆっくり)で歩を進める。12時40分には正面にカンテガ(6783M)が望める。このトレイルはメジャーになりすぎたのかとてもトレッキング姿と思えない人も散見されるようになった。この先どこまで行けるのだろうか青息吐息の人もいた。2003年の時は生まれて初めての高度体験でもあったため中度の高山病になってしまったことが心の片隅にあり気にはなったが幸いその兆候はない。
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尾根の右手をつめていくと2時には突然前がひらけてゲートが目に入る。いよいよタンボジェだ。ここにあるゴンパは巨大でソル・クーンブ地方の大聖地だ。ネパールではたくさんのゴンパを見てきたが、この高度にこれほどの巨大なゴンパは言葉では尽くせない信仰の篤さ、強さを伝えてくれる。赤黒い僧衣をまとった修行僧が行き交っていた。今日はゴンパ前にある広場がキャンプサイトになる。さいわい未だ余裕があって居心地がいい場所を選んで設営だ。

正面にはエベレスト、ローチェが昼下がりにしては珍しくくっきりと見ることが出来る。ところがゾーキョが見あたらない。遁走事件もあったゾーキョ使いなので不安になったが、相当遅れて到着して不安は払拭できた。ところでどうして遅れたのか、とガイドが問い詰めるとこれから先のゾーキョの餌を買ってきたからだとのこと。それはやむを得ないことだと怒りの矛先を納めるしかなかった。
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夕方の祈祷に参加するためにゴンパに向かう。独特の低音の音色とシンバルのような金属音、読経に充満したゴンパ内は仏教という共通点のある日本人だけでなくラマ教という敬虔な気分に誰彼無く引き込んでいく。多少のドネーションをして外に出る。すでに陽が落ち始めて空気は一気に肌を刺すようになっていた。そろそろ高山対応の服装に変える必要が出てきた。
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再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)5 [コンマ・ラからエベレストへ]

10月22日(月)  ディンボチェ(4410M)を目指して

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清々しいタンボジェの朝を迎える。雲一つ無い空を背景にエベレスト、ローチェがアマダブラム、コンテガが今日も望める。遙か彼方エベレストを背景にしてパンボジェ(3930M)の集落が視界に入る。デブチェ(3820M)を目指してシャクナゲの群生地を一気に下る。
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気がつくとデブチェに着く。8時だ。エベレストに近づけばその手前にあるヌプチェ(7864M)が邪魔して視界から消えてしまうが、ここでもまだ見ることが出来る。しばらくは平坦なトレイルを進む。8時半ミリンガ(3750M)を通過する。上空をへりがエベレスト方面を目指して爆音とともに通過していった。昨今は成金が金に飽かせて安直にへりで行き来するトレッカーというか観光客が増えているそうだ。またそんな心づもりで来るトレッカーはしばしば高山病でレスキューへりを要請することもあるらしい。
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すぐにイムジャ・コーラの左岸から右岸に渡る。ここからは登りだ。9時半パンボジェ(3930M)に着く。ここで一息、バッティーでホットレモンを飲む。今まではチャイを飲むことが多かったが、ホットレモンの甘酸っぱい味が疲労感を解放してくれるので好みが変化したようだ。
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9時45分出発する。すぐに小さなコーラを渡る。左手にタブチェ・ピーク(6495M)がくっきり見える。ここからはアマダブラム(6814M)が迫ってくる。対岸にはアマダブラムへのアプローチが見える。ピークハントにはかなりの困難があるそうだ。先ほどパンボジェで休んだバッティーのご主人はアマダブラムのエクスペディションで亡くなったと聞いた。
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ついつい世界最高峰のエベレストに興味がいってしまうが、今や固定ザイルや梯子もあるエベレストより難しいピークが数え切れないほど存在しているのを知る。
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10時半チョータラで一息入れる。目前にはショマレ(4010M)が視界に入る。11時ショマレに着いて昼ご飯になる。正面にヌプチェ(7864M)右手にはローチェ(8516M)、ローチェシャー(8382M)左手稜線越えにプモリ(7165M)のピークが覗いている。右手にあるアマダブラムは典型的な姿、ドーム付きの姿とは違った形になり、タムセルクが双児峰としてのイメ-ジの姿になっている。
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12時40分に出発する。賄い付きだと準備と後片付けに時間を取られるのでゆったりしたランチになる。ついついのんびりするのでウトウトしてこのままゆっくりしたい気分だ。1時にはペリチェに向かうトレイルとティンボジェに向かうトレイルに分岐する。どちらも最終地ゴラクシェプ(5140M)を目指すトレイルだ。
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ペリチェには左手尾根の右側をトラバースするようにして高度を上げていく。我々はイマジャ・コーラに合流するコーラまで下りて橋を渡る。しばらく緩やかな登りが続き、1時50分には前方にディンボチェ(4410M)が視界に入る。
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2時にはディンボチェ(4410M)に着く。ここからのアマダブラムは見事の一言。ローチェ、38シェ、ローチェシャーも綺麗に見える。昨日までは8時過ぎになると暖かくなり、汗をかきながらの登りだったが、さすがに今日は右後方からの風もあって汗をかくこともなく快適なトレッキングだった。
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  (チョラチェとタブチェ)
ところが疲れを癒そうと荷物を待ち構えていたのだが一向に現れない。さすがにじっとしていると寒気が身体を襲ってくる。テントの中で身体を伸ばしてゆっくりしたい思いなのにどうしたことだろう。なんと4時半にようやくゾーキョが到着した。怒りをぶつけるわけにも行かずテントが張られるのをじっと待つ。空は雲が掛かり今日は赤色に染まる山は無理だろう。
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再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)6 [コンマ・ラからエベレストへ]

2012年10月23日(火)
チュクン(4730M)を目指して
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(画像をクリックして掌になる画像は拡大します)
左手タブチェ・ピーク(6495M)を背景にチョルテンがシルエットになって浮き彫りになっている。そのチョルテンはエベレストに挑戦し夢破れて亡くなった霊を祭っている。その左手にはチョラチェ(6335M)がつながる。進行方向にはヌプチェ、ローチェも浮き立っている。快晴の朝だ。
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ここからはトレイルが二手に分かれる。左手斜面を登りロブチェ(4910M)を目指すトレイルとまっすぐ進んでチュクンを目指すトレイルだ。ロブチェを目指すトレッカーが数人の塊になって登っている姿が見える。我々はまっすぐ進路を取る。このトレイルはマイナーなコースで、アイランドピークのエクスペディションを目指す人、チュクンリ(5550M)を目指す人、それと我々のようにコンマ・ラ(5535M)がこのトレイルを行く。予定ではチュクンまでのトレイルは4時間の行程と聞いた。
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ゴラクシェプを目指すトレイルには昨日ペリチェへ分岐したトレイル、そしてここで分岐するトレイルがメインだが、実際にはペリチェ経由のトレイルはしばしば強風に遭遇することが多いので、大部分のトレッカーはディンボチェ経由を選ぶらしい。
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チュクンからコンマ・ラ越えはさすがにゾーキョは越えられないので、チュクンまで同行したらもう一度ディンボチェへ戻り、メインルートを使ってロブチェで合流することになる。この先は数日の食事とテントだけの搬送になる。ゾーキョも身軽な搬送になるので一息入れることが出来るわけだ。
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8時過ぎに出発する。今日は300M余の登りになる。急登はほとんど無く、負担は少ないと聞いた。イムジャ・コーラに沿って左手を登る。8時40分稜線越えに小さくマカルーが望める。10時ちょっと前に4600m地点で小休止をする。アマダブラムがすぐそばに見える。雪と氷に覆われた山はヒマラヤ襞の屏風が見事だ。10時15分小さな小屋があるドーソ、そして11時にはチュクン(4730m)に到着する。予定よりは早い到着になった。
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   (タブチェ)
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   (ハマラプチェピーク)
ここからはアイランドピーク(6189M)へ繋がるトレイルがある。アイランド・ピークは雪山ではあるが、ピークハントするピークとしては手軽に出来る山だ。ダワさんからはいずれは行きましょうとも云われていた。
その手前には氷河湖としては巨大なイムジャ湖がある。地球温暖化で氷河湖の決壊が話題になるが、その動向を日本の学者が調査しているところ。融水量が増加すると下流にある集落が洪水で想像つかない被害が及ぶと危惧されている。チュクンはそんな危機を潜在的に抱えているとは思えない穏やかな地形になっている。
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    (夕陽に映えるアマダブラム)
明日はチュクンリ(5550M)を往復して一日ゆっくりの日になる。

再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)7 [コンマ・ラからエベレストへ]

2012年10月24日(水)

レストデイ チュクンリへ

いつも経験することだがこの高度になると意識から解放される睡眠中に息苦しくなって睡眠を中断されることだ。昨晩もそうだっった。

今日はチュクン・リへ往復してコンマ・ラ越えのために一日休養日になる。

7時40分に出発する。さほど急峻な登りではなく、普通なら軽い登りにといえそうだが、すでに4700Mを越える高度でにあり、呼吸への負担は大きい。
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(違った視角からのアマダブラム)
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思いっきり深い呼吸をしながら高度を上げていく。遮るものもなく視界は良好だ。振り返ればアマダブラムが存在感を示している。足元は岩と土だけが露出している茶色の世界だが、時々苔なのか枯れ果てた花なのかひからびた残骸があった。夏にはどのような姿だったのだろうか。
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手先が冷たいが、幸い風が無いので快適な登りだ。さすがにこのトレイルを歩くトレッカーは少ない。チュクン・リのピークまで行くつもりだったが、撮影環境にそれほどの差がないとのダワさんからの話も聞いたので、5200M地点の小高いところでゆっくりして時間をつかって撮影をする。
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ここからはエベレストは陰に隠れて見えないが、ヌプリ、ローチェ、ピーク38(7590M)、マカルー、アイランドピークが反対側にはタブチェ、チョラチェが望める。
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陽が落ちると極端に冷え込んでくるので、テントサイト脇にあるロッジに移り、そこで暖を取る。数人のトレッカーやガイド、ポーターも三々五々ストーブの周りに集まってくる。コックさんはここの調理場を借りて食事の用意をしている。ヘッドランプを付けて団らんに花が咲く。
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身体にしっかり温もりをため込んでテントに向かう。表では小雪がちらつき、テントにも積もっていた。開け閉めの際にその雪が襟元から入り込んで一瞬身震いをする。
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再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)8 [コンマ・ラからエベレストへ]

2012年10月25日(木)

コンマ・ラ・ペディ(4930M)へ
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8時45分出発する。昨晩の雪はうっすらと残る程度で快晴になっている。今日は200Mの高度を稼ぐだけだ。小川を渡ってコンマ・ラに向かったトレイルからすぐに分かれて左手に向かう。
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  (ディンチョンブ)
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気掛かりなのは痛めていた気管支、喉の痛みが悪化したことだ。鼻をかむと鮮血が混じっている。熱は無いので決定的な体調不良になっていないのが救い。
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9時半小休止。ここまでは前方の稜線に阻まれていたコンマ・ラ方面が視界に入ってきた。トレイルはさほどの登りはなく、平均的な斜度の登りになっている。
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11時40分にはペディに着いた。予定ではもう少し時間が掛かるように聞いていたので拍子抜けだ。ペディは峠越えの手前にある場所を指す。そういえばトロン・ペディを思い出した。トロン・パス越えを目指した際に泊まったところだ。
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  (ヌプチェ、ローチェとローチェシャ)
ここにはポカリがあるはずだが、すっかり涸れている。トレイルから離れたところに水場があるのでキャンプには支障なかった。でもポーターにとってはかなり下まで降りなければならないのでご苦労なことになる。
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   (ヌプチェレンジとコンマ・ラ)
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寒い、水場が遠いとなるとポーターがする食事の下ごしらえが大変だ。ただでさえ手が悴むような寒さなのに氷から溶けたばかりの水で食材を洗い、食後には食器の後始末。こうなると二人のポーターに働きぶりの違いが出てくる。所帯持ちのポーターは必死に作業をこなすが、もう一人の若いポーターはただボオーッと見守るだけ。時々やった振りをしている感じだ。端から見ていても腹が立ったが彼らが仲違いするわけでもないので傍観するしかない。ダワさんにもちょっと囁いたら頷いていた。

再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)9 [コンマ・ラからエベレストへ]

2012年10月26日(金)

コンマ・ラ(5535M)を越えて
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8時10分出発する。今日はロブチェ(4910M)を目指す。600Mの登りと600m強の下りだ。天気は幸い快晴でマカルー(8463M)が右手に浮き立っている。その左にはローチェだ。後ろを振り返ればアマダブラムも見える。
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9時10分テラス状のフラットなところで一休み。ちょっと気掛かりなのは喉、気管支の炎症が一向に改善しないことだ。その上チュクンからずうっと5OOOM前後の高度を歩いているのでさすがに高度障害が多少出ているのだろう。
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足元を見ようとしたが、いつものように出来ない。ダワさんに鏡を借りて顔を見たがやはり浮腫んでいた。だから足元が平常時のように見ることが出来ないのだ。歩いている本人はそれほどダメージがあるとは自覚していなかったが、確実に体力が疲弊している。
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ダワさんから今日の計画はロブチェまでの予定だが、場合によってはクンブ氷河の手前にあるキャンプサイト泊まりも考えましょう、との提案があった。氷河越えは凸凹の起伏があって上り下りの連続になる。意外と体力の消耗があるのは経験済みだ。今後のスケジュールがタイトという事もないので氷河越えはダワさんの意見を受け入れて明日にしよう。
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(マカルーの雄姿)
ここまでは前方の稜線が邪魔してコンマ・ラは全く見ることが出来ない。9時半ひとしきり登るとなだらかなところに出るが、すぐに登りになる。この先は山腹を左に向かってトラバースする。その先にコンマ・ラがある。
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さらにもう一度フラットなところに出ると前方にポカリが視界に入る。水深が浅いせいか透明な色だ。ポカリを右手に見ながら先に進む。さらに進むとコバルト色に映える大きいポカリがあった。桃源郷を思わせる静寂と神々しさが漂っている。ランタンの帰りに寄ったコサイクンドに信仰のポカリがあったのを思いだしたが、そのポカリよりも格段に神秘的だった。
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10時10分尾根状を越えてフラットなところに出ると、ようやくコンマ・ラが視界に入った。そこにはタルチョーがはためいているのが辛うじて見える。タルチョーはラマ教のお経が書かれた旗がロープで繋げられたものだ。タルチョーは青・白・赤・緑・黄の5色で構成され、それぞれ天・風・火・水・地を表している。ラマ教徒にとっては祈りであり、彼らの守護を祈願している。ヒマラヤの峠(ラ)ではかならずタルチョーが高いところを繋いで張ってある。
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ここは5400M地点、この先はトラバースしながら高度を稼ぎ、最後はまっすぐの登りになる。一歩一歩の登りで確実に高度を稼ぐが、歩みは遅い。すぐそばに見える峠だがなかなか届かない。11時10分最後の急登だが、右手にはピークしか見えなかったマカルーの全容が見事に見えるようになった。眼下にはコバルトブルーに染まったポカリが一つと云わずいくつかあるのを確認した。
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(マカルーを背景にアイランドピーク)
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11時25分に今回の目的地の一つコンマ・ラに着く。峠が迫る頃から耳元を激しい風音がごぉーごぉーと走っていた。峠も風道になっているので体感温度はかなり低下してしまう。峠越えの向こうにはクンブ氷河とロブチェのロッジが眼下に見えた。
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(ロブチェのロッジが小さく見える)
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ここからはチョ・オユー(8201M)が見えるはずだが、残念ながら雲の中だ。空には雲が掛かりはじめたが、そう悪化するような感じではない。

写真を撮って一息入れてから下りだ。ここからは一気の下り。降りはじめは巨大な岩の間を縫って下に、降りるに従って岩も小振りになる。さらに下に行くと砂岩と砂状のトレイルになる。疲れもあって浮き石に乗って足元を奪われ転びそうになることもある。プモリ、その左手にチョ・オユーが見えた。
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1時40分ポーターのベルガジがヤカンにホットオレンジを入れて登っていきくれた。疲労困憊、喉もからからの時には命の水になる。がぶがぶと音を立てながらお代わりをする。
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2時15分氷河手前にあるキャンプサイト(4900M)に着く。当初予定ではここでランチを終えてロブチェに向かう予定であったが、最終的にはここでキャンプをすることにする。3大ピーク越えのトレッキング案内を見たことがあるが、その計画ではここがキャンプ地となっていた。
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(プモリ)

再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)10 [コンマ・ラからエベレストへ]

2012年10月27日(土)

ロブチェ(4910M)へ
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今日はロブチェを目指す。当初計画ではペディからロブチェに一気に行く予定だったので、半日分の行程になる。今日は楽勝だ。そんなことでゆっくりの出発になった。眼前には小高いモレーンが横たわっている。その裏にはクンブ氷河がある。
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10時過ぎの出発になった。後ろを振り返ると昨日苦労して降りてきたコンマ・ラからのトレイルが見える。10時半にはモレーンの頂点に着く。そこからはヌプチェ、プモリが左手にはタブチェ、チョラチェの展望が広がる。ここではヌプチェも存在感を示している。ヌプチェはどこから見てもだいたいはエベレストの下半身を隠す悪玉役を演じているし、後方にエベレストを控えているので山容も浮き立つこともない目立たない山なので、ここから望むヌプチェは存在感を示している。
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この先は氷河特有のアップダウンの繰り返しだ。クンブ氷河もこの一帯では岩と砂に覆われて氷が露出するところはまれだ。大きな凹みに小さな氷河湖が出来ているところもある。標高差はそれほどあるわけではないが、タフな移動になる。前方は氷河の突起で確認できないが、ダワさんは確実にトレイルを外すことなく前進する。山岳地帯なら足跡など何らかの痕跡を慎重に探ればまずは迷うことはないのだが、氷河の上ではそうはいかない。ガイドの存在を一番感じる瞬間でもある。
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タフなアップダウンの繰り返しだが、氷河の表情がどんどん変化していくのでそれを観察するのは楽しい。11時半には氷河の対岸に近くなったのかようやくロブチェのロッジが視界に入る。スタート地点のモレーンは大きく盛り上がって急峻な登りだったけど、ロブチェ側のモレーンはそれほどの盛り上がりにはなっていない。
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12時15分ロブチェに到着する。ここはディンボチェからカラパタールを目指すメインルートになるので、多くのトレッカーが行き交っている。今までの静寂から喧噪の世界に舞い戻った。エベレストへの銀座通りと云うことだ。ヌプチェが見事に映える。チュクンで分かれてティンボチェ経由で上がってきたゾキョとも再会だ。
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キャンプサイトに幕営し一息入れるが、さすがにじっとしていても寒さが身に堪える。ガイドはじめ仲間達は目の前にあるロッジのダイニングで団らんに花を咲かせていた。そこに仲間入りだ。ストーブにはヤクの糞をくべて暖を得ている。ストーブのすぐそばに座って暖まりなさい、と一等席を譲ってくれる。申し訳ないが、それに甘えて膝が熱くなるような場所で体の芯を暖める。夕ご飯もロッジで食べましょうという事になってこの場に用意してくれる。陽が落ちると寒さは一段と厳しくなる。テントに戻るのが怖い。よほど体を温めて一気にシュラフに潜り込まないと。ところがテントに戻ろうと外に出たら雪がしんしんと降っていた。明日が心配だ。

再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)11 [コンマ・ラからエベレストへ]

2012年10月28日(日)

ゴラクシェプ(5140M)へ
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早朝から慌ただしい動きだ。多くのトレッカーは早朝3時頃に出発してカラパタール(5550M)をめざし、その日のうちに当地に戻る。私はのんびりゴラクシェプ(5140M)を目指し、カラパタール登頂は明日の予定だ。
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朝早くからヘリの音に何事かと表に出る。昨夜来から降った雪は止んで快晴のなか目の前にある氷河上のフラットなところにヘリが着陸寸前だった。雪煙がへりを囲むように巻き上げられて逆光に幻想の世界を作っている。
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物資運搬かとダワさんに尋ねると、昨日ホースライディングで登ってきたマレーシア人一行に重篤な高山病患者が出たためのレスキューヘリだと分かった。立て続けにもう一機。一人ではなく複数の患者が出たと言うことらしい。昨今はヨーロッパからの人だけではなく、途上国からの入山者が増えている。その場合は当然金持ちでなければ来られないから、いわゆる成金か、貴族趣味の人に限られる。成金が金に飽かして遊び感覚で来る観光地になってしまった感がある。残念なことだ。
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テントの前に来客だ。マウンテン・フィンチという鳥だそうだ。この名前、本当かなとちょっと疑うけど(笑。
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9時出発する。昨晩の雪で一面銀世界になっている。幸い歩行に障害が起きる深い積雪にはなっていない。ゴラクシェプ(5140M)には4時間の行程と聞いている。高度差も少なく、のんびり景色を楽しんでいこう。左手にはロブチェ氷河のモレーンが見える。
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9時15分にクンブ氷河の右岸に入り広大でフラットな雪原を一歩一歩進む。正面にはプモリが見える。ゴラクシェプに着くまではエベレストはヌプチェに遮られて見ることは出来ない。一瞬エベレストかと見紛う山容が見えた。それはチベット側にあるチャンチェ北峰(7583M)でエベレストとプモリの間にあるエベレストそっくりの山だ。
幸い雪は深くなく歩きやすい。10時半にはエベレストに命を捧げたクライマーの慰霊碑があった。
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再び急登のトレイルになる。12時15分にはロブチェパスを通過する。ここからはゴラクシェプ(5140M)のロッジが眼下に望める。あと一息の下りだ。すぐにキャンプサイトに着いたが、すでにテントが張られて、いつものホットオレンジが運ばれてくる。
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テントに入ろうと近づいたらなんとヒマラヤ雷鳥が餌を啄んでいた。日本の雷鳥より派手な柄だ。日本の雷鳥の方が清楚な感じがする。
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今日は負荷の少ない行程になったが、明日はカラパタールへの登頂になるので体力を温存しておかなければならない。
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ロブチェほどの雪はないが、寒いことには変わりはない。ここでもロブチェと同様寒さを凌ぐために小屋に入って暖を取る。

再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)12 [コンマ・ラからエベレストへ]

2012年10月29日(月)

カラパタール(5550M)往復してロブチェ(4910M)へ戻る
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  (チャンチェ)
ゴラクシェプ(5140M)は大きなカラスが居るというのが語源らしい。
天候は安定して快晴。どこまでも深いブルーに染まった空と雪も付かない急峻な黒い岩壁、雪に覆われた白銀の峰、美しい景観はいつ見ても飽きることはない。残念ながらエベレストは稜線の陰に隠れてほんの一部しかまだ望めない。。むしろチャンチェ北峰(7583M)が吊り尾根越しに美しい。どう見てもエベレストと見紛う山容で、インターネットにアップされている写真を見ていると時々その山をエベレストと勘違いしているのを散見するほどだ。

6時40分に出発だ。往復なので空身で進む。左手に見える山稜を登り詰めるとカラパタールだが、ここからはピークは望めない。ロッジの裏に横たわる砂状の平地を横切る。多分ポカリが干からびてしまった湖底ではないかと想像した。
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   (リントレン=6713M プモリとエベレストの間)
その先はしばらくトラバース気味に高度を稼ぐ。登りは一時の息抜きも出来無い状態が続く。未だ日差しは上部の山稜にしか届いていないので気温は氷点下も相当低い感じだ。いつも操作性がいい軍手を使うのだが、、今日は勝手が違う。気がついたときにはさすがに軍手では防寒性が無く、指先の感覚がどんどん低下していくのを実感した。さらに指先だけでなく手全体が強烈な痛みに耐えがたい苦痛が走る。持参していたグローブを持ってくれば良かったと反省しきりだが、ここまで来て戻るのも辛いので我慢我慢だ。
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   (プモリ)
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   (カンテガそしてタムセルク)
手を擦り合わせても一向に痛みは軽減しない。ダワさんが気の毒に思ったのか彼のフリースの手袋を渡してくれた。二重に手袋を使って何とかなるかと期待したのだが、一向に改善の気配はない。手がちぎれんばかりに痛い、ダワさんが私の両手を彼の脇の下に入れなさいと挟んで温めてくれる。しばらくして落ち着いたところで歩き出すが、すぐに手の激痛に耐えられなくなって再びダワさんの脇の温もりで暖めてもらう。多分この現象が凍傷の前兆ではないかと初めての体験だ。
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   (プモリ)
そうこうしているうちに、8時頃には太陽の日差しが斜面いっぱいに降り注ぎ、ようやく手の痛みからもだんだんと解放されるようになった。手先の不自由さに折角の撮影をする気になかなかなれない。
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    (ローラとエベレスト)
トラバースから急峻な登りになり岩を縫ってジグザグで高度を稼ぐ。トレイル沿いにケルンが立っている。先に進むと賽の河原のような岩が点在している。ダワさんに賽の河原の話をしたらどこまで理解してもらえたか分からないが、そんな話をインド人もしていたと頷いていた。

カラパタールはその先にあるプモリを目指すようにして進む。右手にはだんだんとエベレストのピークがヌプチェの稜線から浮き立ってくる。カラパタールからのエベレスト眺望はヒマラヤトレッキングの最大の魅力だが、そこに確実に近づいているのを実感する。
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8時過ぎにはカラパタールの手前にある小高いピークにたどり着く。足は鉛を引きずるよな重さだ。下から見たカラパタールはなんの変哲もない小高い丘のように見えていたが、この高度では侮りがたい。ここからはエベレスト、ヌプチェが眼前に迫ってくる。そこからのクンブ氷河も見事だ。ただ、ここでは360度のパノラマとはいかない。ヒマラヤならどこでもそうだがこのピークにもタルチョーがはためいている。
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目の先にはもう一つピークが突き立っている。そこがカラパタールのピークだ。ひとしきりシャッターを切り続けたが、ここまで来たのだから最後の気力を振りしぼって登ろう。一歩一歩ビスターレで足を進める。近くに見えて遠かったピークにたどり着く。すでに多くのトレッカーが景観を見ながら感動を声にしていた。
360度のパノラマに今までの疲れが一気にすっ飛んでいった。ヌプチェ、エベレスト、チャンチェ、プモリが一望出来る。さらに左に目を送るとチョ・オユーだ。チョ・オユーの姿はゴーキョで見た形とは全く違った容姿だ。ここからはいくつもの凹凸の連続の稜線が続く。ゴーキョからの姿は左右に穏やかな稜線を従えた山だった。
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チョ・オユー  
 (チョ・オユー)
前方右手下部のクンブ氷河にはエベレストBCがある。BCには「new」と「old」があって、そこはピークハントの目的では重要な基地になるが、トレッキングの対象としてはただただ歩くだけでそこからエベレストの眺望はそれほど期待できないらしい。今回もBCに行くかどうかダワさんと情報交換したのだが、行く意味がありませんとのことで計画から外した。春先ならエクスペディションで待機しているクライマー達が大勢キャンプをしているので、その雰囲気を感じる意味もあったかもしれないが。
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ピークでは写真を撮りまくった。ただ、確かにここでの景観は絶景ではあるが、レンジョ・ラから見た眺望と比較してどちらが上だろうか。それは人によって違うのだろう。私にはレンジョ・ラでの思い出は強烈だったので軍配をあげたい。レンジョ・ラではチベット街道からゴーキョに向かったのでレンジョ・ラを越えるまでは稜線に前方が塞がれ、視界は全くきかない。レンジョ・ラに着いたその瞬間に左からチョ・オユー、エベレスト、ヌプチェ、ローチェ、マカルーが一望できる景観が目に飛び込んで来たわけだから、突然の変化というドラマ性がそう感じさせているのかもしれない。

ピークでは小一時間ほど居ただろうか。いつまででもいたい気分で心残りではあったが、ロブチェまで下山をしなければならない。下山ともなると気分が爽快になり、登りの辛い気分はすっかり過去のことだ。
前方にはアマダブラムがレンジから一つ抜きんで出てその左手にカンテガ、タムセルクが望める。眼下にはクンブ氷河が大きくうねって青白い氷が所々で光っている。右手にはタウ・チェ(6495M)、チョラ・チェ(6335M)が見える。
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    (アマダブラム、カンテガそしてタムセルク)
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10時半にはゴラクシェプに戻って用意された昼ご飯になる。
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2時20分ロブチェに到着。標高差はそれほどでなかったのだが、5回の登り返しがあったり、カラパタールへの往復で疲労した足にとっては必ずしも快適ではなかった。

夕方にはロッジに入って暖を取りながら夕食を待つ。そこには元気そうな老夫婦が二組滞在していた。老夫婦と云ってしまったが、人のことは云えない。私も十分に老人であることを思い出し自嘲の笑いをもらす。
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当初の予定ではチョラ・チェを越えてゴーキョを経由して可能ならレンジョ・ラを再び越えて帰る予定にしていたが、喉、気管支の具合が一向に快復しないこともあり、ゴーキョ、レンジョ・ラは一度は歩いたコースでもあるので断念することにした。

再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)13 [コンマ・ラからエベレストへ]

2012年10月30日(火)

ショマレ(4010M)へ

ロブチェからショマレには2つのルートがある。トクラからロブチェコーラ沿いに下るルートと尾根をトラバースしてディンボチェ経由で下るルートがある。私たちはロブチェコーラ沿いに一気に下降する予定だ。
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(ダウチェとチョルチェ)
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8時45分出発する。右手にはロブチェ・ピーク・イースト(6090M)が聳え立っている。このピークを目指すクライマーも多くいる。エベレスト一帯ではアイランド・ピーク、メラ・ピークが技術をそれほど要しない、体力さえあればトライできるピークハントピークがあるが、ロブチェは決して簡単ではない。それなりの技術が必要なピークハンティングになる。朝3時頃に出発したクライマーが稜線上を攻めているが辛うじて見える。10時間の行程で上部ではアイス・クライミングになる。
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ここからの眺望は美しい。振り返るとロブチェの奥右手にプモリ(7165M)、リントリン(6713m)、クンブチェ(6639M)、チャンチェ(7583M)、ローラ(6026M)そしてヌプチェ(7864M)が一望出来る。残念ながらここではエベレスト、ローチェは望めない。
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9時にはチョラ・パス(5368M)越えのトレイルと分岐する。このトレイルは当初目指したルートなので、心残りの思いが片隅に残っている。無念の思いを飲み込みながらゾングラを目指すトレッカーを恨めしく見送った。
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そのトレイルはタブチェとロブチェの間にあるチョラ・パスを越えてゴーキョに向かっている。標高はさして高くないが雪上でのトレイルでは多少の緊張が迫るようだ。
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このあたりではイムジャコーラの右岸をおそらく氷河のあった痕跡であるモレーン上を歩く。しばしば話題になっている地球温暖化による氷河の後退だが、多分そう遠くない時期まではこのあたりも氷河が覆っていたたのだろう。ヒマラヤでは氷河の後退と氷河湖の発生が話題になり、この一帯にどのような悪影響が起きるのか研究の対象になっている。
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10時にはチョータラのある場所で一休み。眼下にはトクラ(4620M)のロッジが見える。ここでも氷河の痕跡のモレーンが残っている。そこから一気に下ると20分でトクラに着く。
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トクラはおそらくクンブ氷河のかつての終着点であったのだろう。エベレスト・トレッキングの要所にあり、大勢のトレッカーが行き交ったいる。そして数軒ある大きなロッジ前では一息入れているトレッカーで座る場所もないくらいだ。ダワさんが探してくれた椅子に座って一息入れる。ここでもホットレモンを注文。
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10時40分に出発する。目の前にはクンブ氷河からの川が流れている。そこに架かる橋を渡って左岸に移る。11時にはこの先でディンボチェを経由するのか、一気にペリチェに向かうルートの分岐点になる。ペリチェに向かうトレイルは強風が吹き荒れることが多く一般的には避けるそうだ。ほとんどのトレッカーは尾根上をトラバースしてディンボチェ経由のトレイルに向かう。
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我々はダワさんの天候見通しもあってペリチェ(4240M)に向かうトレイルに入る。一気にロブチェ・コーラの谷底に向かって下りる。左手の斜面をディンボチェを目指して多くのトレッカーがトラバースしているのが見える。谷間のトレイルは眺望を遮られるので殺風景な景色だ。歩く楽しみは少なく、風が強いとなればもう一つのトレイルを選ぶのは然もありなんといえる。
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すでにほとんどの目的を果たし終えた私達にとっては直接一気に下り、楽な方を選んだ理由が分かった。荒涼とした広がった河原にはカルカがあって、ようやく人里の生活臭を実感した。12時20分にペリチェに到着する。数軒の人家があってロッジもあるが、トクラとは一変して閑散とした世界。トクラの賑わいとは異世界だ。ロッジの庭先で昼食をする。その間トレッカーがその前を誰も通らなかった。じっとしているとさすがに肌寒くなってきた。それに強くはないが風も出てきた。
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1時出発。この一帯は水が秩序無く流れを作るっているので足場を捜しながら先に進む。15分には対岸(右岸)に渡る。平坦な河原沿いを先に進むが、45分頃には右側に展開する斜面をアップダウンを繰り返しながらトラバースをする。しばらく登り返しになりペリチェ・パス(4220M)を通過するとトラバースの下りになる。周囲は完全な放牧地になってヤクが草を食んでいた。
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2時には小さな集落チュトを通過する。左手下からコーラを渡って多くのトレッカーがこちらに向かってくる。彼らはディンボチェからのトレッカーだ。二つのトレイルがここで合流するわけだ。そしてイムジャコーラとロブチェコーラが合流する。ますます生活臭が強いエリアに変わっていく。ヤクカルカが集落の周りに点在する。

イムジャ・コーラに沿ってなだらかな下りがしばらく続き、傾斜地に家並みが絶えない。さらに階段状のトレイルを下りていくとショマレ(4010M)だ。今晩はここで泊まることになる。ロッジの庭先に幕営だ。ロッジの食堂は崖に沿って展望がいい。夕陽を受けて左右から互い違いに谷に向かう尾根がグラデーションになって遠くまで続いていた。ゆっくりチャイを飲んで庭先にいた白馬に餌をやったりしながら夕ご飯を待つ。
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再度エベレストトレッキング(2012・1015~1113)14 [コンマ・ラからエベレストへ]

2012年10月31日(水)~11月5日(月)

タンボチェ(3860M)そしてナムチェバザール、パクディン、ルクラそしてKTMへ

10月31日(水) タンボチェへ
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日程変更ですっかり余裕が出来たのでのんびりの行程になる。今日は3時間でタンボジェに向かう。今日も快晴だ。あとは下山するだけなので今回のトレッキングの目的は達成できた。夕方あるいは夜に多少の雪が降る日があったが、天候には恵まれ過ぎるぐらいで、見たいピークはすべて見ることが出来た。10回以上ヒマラヤ、カラコルム入りをしているが、いつも本当に運が良い。神がかり的というか、天気男の本領発揮という感じだ。
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8時に出発する。ダワさんは早立ちをして先にタンボジェに向かう。マニ・リンドゥというニンマ派の年に2回あるお祭りがタンボチェで催されているという事でクンブ地方各地から多くの人々が楽しみに訪れるそうだ。ダワさんの配慮で、今日からはロッジ泊まりにしましょう、予約をしていないのでロッジの手配のために先に行きます、と云うことだった。
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私に付いてくれるのはカメラ・ポーターのラムさんだ。ラムさんは日本語は全く出来無いが、英語が堪能なのでこれからのやりとりは片言の英語になる。ショマレの集落は下山し始めて最初の大きな集落。石畳のトレイルを下っていく。谷に向かって両側の稜線から左右交互に尾根が屏風を立てるように迫っている。その間を縫って先に進む。
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眼下にはパンボチェ(3930M)の集落が望める。8時半にはそこを通過する。後ろを振り返るとタブチェ、アマダブラム、カンテガが望める。ここは往路でも歩いたトレイルだが、逆向きなので景色が新鮮だ。往路ではエベレスト、ローチェという巨大なピークへの意識が強く、それ以外のピークにはなかなか目がいかない。
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10時にはイムジャ・コーラを右岸から左岸に移り、ちょっとした急登を上るとフラットなエリアに出る。ここまで来ると前方の稜線上にタンボジェのゴンパが視界に入る。10時半にはディボチェを通過する。数軒のロッジがある。振り返るとしばらく隠れていたエベレスト、ローチェの岩峰が見えるようになる。ここまでは軽い上り下りはあるが楽なトレイルだ。

そこからタンボチェまで急登になる。しかも道は乾期で完全に水分を奪われて、歩くたびに砂ぼこりが舞い上がる。自分が巻き上げるのはさほどではないが、行き違うトレッカーやゾキョの砂ぼこりには参った。鼻を直撃して未だ癒えてない鼻の粘膜、気管支を直撃する。急登で息苦しい上に、マスクをするとうっとうしい。何度も立ち止まって充電する。最後の急登が終わった瞬間、そこがタンボチェだ。
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マニ・リンドゥで大勢のネパール人(主にシェルパ族)が集まっている。テントも往路時とは違ってゴンパ前の広場に数え切れないほどのテントが張られている。バザールも開催されている。当地のトレッキング・ルートでは白人が目立って、しばしばここはどこだろうと疑う場面もあるくらいだが、今日はネパールにいることを実感する。
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ダワさんが早立ちしてくれたお陰でロッジの手配は出来ていた。確かにこの祭りを目的としたトレッキングもあるくらいだからロッジの確保は大変だっただろう。広場に面した明るい部屋に落ち着く。目の前にタムセルクの厳しい稜線が屹立している。強風で稜線から雪煙が雲のように流れている。右手にはアマダブラム、そして今日のルートを振り返るとエベレスト、ローチェが見える。
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昼ご飯を終えて、マニ・リンドゥを見に行こう。ゴンパには自由に出入りが出来る。脹ら脛の張りが重しのようになっているのでゴンパに上る階段ですら辛い。マニ・リンドゥのお祭りはシェルパ族ニンマ派の大祭だ。そのクライマックスが今日だ。クライマックスでは僧侶扮する道化師が見物客の中から相方を呼び出して滑稽さやエッチさで観客の笑いを取る。そしてお米をヤク乳で作ったヨーグルトで煮込んだお粥を振る舞う。酸味がきいた意外と美味しいのにびっくりした。中庭にある広場を囲んで大勢の観客がところ狭しと座って固唾を飲んでこれからの展開を待ちわびている。
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道化師はドイツ人の女性トレッカーだろうか声を掛けたが、最初は尻込みをする。周りからはやし立てられ結局は覚悟して相方をつとめる。観客はさっき施しのあったお粥を口にしながら見物だ。仕草でしか理解出来なかったが大勢の観客から笑いを取っていた。
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テント生活からロッジ泊まりに変更になったのでコックさんと彼の知り合いのポーターは明日の早朝先行して帰路にそしてゾキョ使いはここで任務終了だ。ゾキョ使いはすでに荷物の整理をして帰宅の準備をしている。彼の故郷はここから近いプンキテンガの先でバッティーをしているらしい。陽が傾き始めたが、暗くなろうとここからは問題ない。明日家で待っているので立ち寄って欲しい、と言付けて去っていった。
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キャンピング・トレッキングの最終日には恒例ならケーキを作り、ちょっと贅沢な食事をするはずなのに、今回は全くその気配がない。ダワさんに確認したらどうもコックさんとの折り合いが上手くいっていないようで、先に下山させることにしたようだ。確かに、スタート当初は手間の掛かる料理を用意してくれたが、その後はだんだん手抜きが見だっていた。それと私が注文したとおりにもならなくなっていた。さてさていつものことだがお別れの際にはチップの問題がある。このマイナス要因もあったが気分良く送りだそうと50ドルを渡した。
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11月1日(木) ナムチェ・バザールへ
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朝ご飯を久し振りにロッジのメニューから選ぶ。ダワさんが選ぶロッジは食事が美味しいことを条件にしていると聞いた。タンボチェ・ゲスト・ハウスもその例に漏れない。

10時に出発する。この先は一番辛い砂塵との戦いだ。ゲートを潜ってタンボチェとお別れをする。登りで苦労したトレイルを一気に急降下する。砂ぼこりが舞い上がるなか口にタオルをあてがって鼻、気管支を守る。プンキテンガ(3250M)にはあっという間に着く。

ここでは目的地に向かうトレッカーと帰路についたトレッカーで大賑わいだ。ホットレモンを飲んで一息入れる。キャンズマ(3550M)までは急登になる。ここからはぼちぼち人家もあってチョータラもある生活圏に入った。午前10時40分一休み。10時50分ラウシャサの集落を通過する。その集落の外れにあるバッティーの店先でお世話になったゾキョ使いが待ち構えていた。人なつっこい顔で招き入れる。決して小綺麗なバッティーとはお世辞にも言えない、知り合いでなければ絶対立ち寄ろうとは思えない店作りだったが、薄暗い中に入る。奥さんも出てきておもてなしだ。チャイをご馳走になって一息入れる。店先は砂ぼこりが陳列している商品が砂埃を被って汚れきっていた。気の毒な話だ。裏庭を見ると荷物を運んでくれたゾキョが草を食んでいた。
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トレッカーの様相にも変化が起きている。タンボチェまでの一見観光客と覚しく人も増えてくるので、服装もまちまち。ペースもまちまち。雰囲気が一変して俗世界に戻った気分だ。バッティーを辞して12時にはサナサに着く。ゴーキョからのトレイル、クムジュンへの生活道路がここで合流する。すでにフラットなトレイルになっている。5分もしないうちにキャンズマのロッジに到着する。ここからの展望は素晴らしい。デッキになったテラスで昼ご飯を食べる。カンテガ、タムセルク、アマダブラム、ローチェ、エベレスト、ロブチェ、ピーク38の眺望が素晴らしい。
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ここからはフラットなトレイルをのんびりと進み、左前方にネパール軍の駐屯キャンプが見えるとナムチェバザールはすぐだ。眼下に街並みが見えて左手に往路で幕営したロッジを見ながら一気に下降する。今晩はナマステ・ロッジに泊まる。ここも何度か世話になったロッジで魅力ある女将に再会出来るのが楽しみだ。
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着いてびっくりした。外観は以前と何も変わらない作りだったが、その裏側に新館が増設されていた。新館に案内されて部屋に入ってびっくりだ。なんとシャワー・トイレ付きの部屋になっている。以前は鍵の掛かったシャワールームで順番待ちだったのに、今回は気兼ねなくふんだんにシャワーが使える。長期間身体を洗えなかったのでまずはシャワーをとろう。ダワさんの気遣いに改めて感謝だ。きっと室料も高いのだろう。そしてここの料理が云うまでもなく美味しいのが嬉しい。
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一風呂浴びてさっぱりしたので街に出てみた。トレッカー、観光客でごった返している。甘いものに遠ざかっていたのでカフェに入る。シフォンケーキと一杯仕立てのコーヒーしめて300ルピー。ダワさん、ラムさんはあまり表情を変えずに淡々と口にしていたが、私にとっては感激だった。
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思いっきりご馳走にしようとヤクステーキとマッシュルーム・スープを注文する。

翌日も身体を休めるためにナムチェで休養だ。このロッジならゆっくりするのは大歓迎。ホットシャワーを浴びて美味しい料理三昧。
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11月3日(土) パクディンへ
11月4日(日) ルクラへ
11月5日(月) KTMへ

パクディン、ルクラでそれぞれ一泊して無事にKTMに戻る。
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改めて実感したことはエベレストを目指すトレッキングは日本人であれば富士登山に似て、エベレストは世界中の人が目指すメッカだと云うことだ。すでに静寂に満ちあふれた自然界を堪能するエリアではなくなってしまった、ネパールではポカラと並ぶ西欧化したエリアなので、現地の人もネイティブらしさを捨て西欧化せざるを得ない状況だ。大好きなネパール人との素朴なふれ合いは難しくなっている。

それでもヒマラヤの山々は天からの梯子、降臨する神々はヒマラヤの峰々から現世に降り立ってくれる。世事を忘れさせてくれる神々しい世界であることには違いない。また機会があったら世の中の呪縛から心を解放して欲しい。それを祈り、再会を誓ってネパールを旅立った。【完】
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