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①ヒマラヤトレッキング・ランタン谷とコサインクンド2003/11/26 [ヒマラヤ・ランタンリルン]

(2003.11.26~12.10)
11月26日(水)~~~東京からカトマンドゥ

2003年2月にエベレスト方面のトレッキングを試みてからまだ半年というのに再びネパールに向かうことになるとは本人自身もまさかのことだ。前回の目的は世界最高峰エベレスト(サガルマータ、チョモランマ)を肉眼で確認したいという一心でネパール入りした。その念願が実現したのだからなんで・・・、しかも美味しくない食事とその延長にある体調不良、決して毎日の環境が快適と言うことでもないのに。これに対する答えは今もって定かではない。しかし、ネパールが呼んでいるのだ。

今回はランタン谷とコサインクンドを巡る12日間のトレッキング。ランタン谷は「世界で最も美しい谷」と言われている秘境。1949年イギリス人ティルマンが紹介したヒマラヤでも最後に知られるようになったエリアだ。コサインクンドは4,000mを越える高山にある湖(ヒンドゥの聖地)、そして4,610mにあるラウルビナヤク・パスを越えてヘランブーに下りるルートだ。人生で最高高度体験も含めてエキサイティングで、チャレンジングなトレッキング。最後まで計画を全うできるか不安で一杯だ。
ガイドは前回も依頼したガーレ・トレッキングに任せた。ガイドも前回同様サンタ、ポーターはオル
ンともう一人を追加で依頼することとした。

今回の相棒とはカトマンドゥで合流。前回経験済みのネパール入りとはいえ先進国入りとは事情が違う。多少の不安を抱えて向かった。羽田7時発のJALで関空に向かう。時間的にはもう一便遅いフライトでも間に合いそうだったが、ロイヤル・ネパールはしばしば出発時間より早く出ることもあると聞いたので、安全を見て一便早めての出発とした。前日予約したタクシーが定刻に自宅に来る。
 関空ではかなり時間があるので正直言って持てあました。荷物を持っての時間消化は大変な作業。ロイヤル・ネパールの搭乗手続きは2時間前だから10時半になる。VISAのラウンジで待機。暇つぶしも兼ねて友人に携帯メールをする。突然ネパールに行ってくる、って貰った方もビックリすることだろう。

 10時半には搭乗手続きを終える。ロイヤル・ネパールの受付はANAが代理している。ザックやポールを丁寧にビニール袋に納めてくれる。まだ日本だ。この感覚はきっと日々懐かしく感じるようになることだろう。荷物を渡してしまうと身軽に動ける。こんな時に限り仕事上の確認が入りファックスでのやり取りをする。直ぐにファックスが届く。チェックインも済ませ、いよいよ海外生活のスタート。しかし、成田と違って関空はローカルだ。免税店も大したのがない。

ビジネスクラスにしたことと前回とは違って搭乗者も少ない事もあって、なにかと快適だ。優先して扱われるのでエコノミーの搭乗に比べれば戦々恐々とすることもなく快適だ。同乗者には複数の中年から老年のツアー客が目に入る程度だ。

ロイヤル・ネパール航空は機材が古くボーイング757だ。1週間前に関空発カトマンドゥ行きが上海でトラブリ3日間足止めになったとか、それが原因で機材繰りに障害が出てダイヤが乱れに乱れているとの噂があったので心配だった。何度もオンタイムの出発か確認する。ビジネスといってもシートが一寸広いだけ。まぁ前回のように満席でうるさくて寝られないことはない。それだけでもマシか。噂の通り12時には出発体制。なんと定刻は12時半なのに12時10分には本当に離陸してしまった。瀬戸内海から五島列島の上を通過、いよいよ外洋だ。2時間後には上海。いつ見ても上海の海は汚い。長江の河口に位置するためか泥の海だ。近代的なしかしソフトがついていってない上海空港は前回同様無機的な印象。入れ物は立派、しかし人間工学的な配慮は二の次なのだろう。それがトランジットでの率直な印象だ。それは新しい香港の飛行場でも感じたことだが。一言で言えば背伸び現象と言ったら現代中国に失礼か。

20分近く早く着いたので給油が終わったらさっさと出発かと待っていたが、なかなかトランジット・ルームから出してくれない。ふと日本で聞いた機体故障が再現されたのではと、不安になった。結局は予定時間になって再度機上の人となる。想像ではあるが中国当局は規則通りの運営をしているのだろう。融通無碍の日本とは事情が違う。上海からの搭乗者は数人いたようだ。相変わらずビジネスは小生と親子連れだろうか二人の女性だけだ。定刻に上海を離陸。

これからが長いフライトだ。カトマンドゥには現地時間で6時15分着だから6時間ということになる。ビジネス・クラスにしたので客が少なくて多少は快適だが、予想外のことが展開した。なんとビジネスの席はクルー達の休憩に使われている。入れ替わり立ち替わり制服を着たパイロットだろう、来ては食事をする、挙げ句に寝る。おいおい誰が操縦しているんだ、と心配にもなる。さすがにローカルなエアラインだ。だからもしハイジャッカーでもいようなら簡単に操縦席に乱入出来ると言うことでもある。政情不安なネパールで国内では物々しい警護をしているのと比べたらこの脇の甘さは何だろう。そう言えばカトマンドゥからルクラに行くときも操縦席の扉、開けっ放しだったな。不思議な感覚だ。

疲れたのでシャンパンを貰って喉を潤しているうちにいつの間にかウトウトしたようだ。気が付いたら闇の中を飛行中。窓から下を見ると真っ暗だが深い山間部の上空だと言うことは分かった。暫くすると時々人家の灯りらしきものがぽつんぽつんと見えたりする。そして灯りが集まったところが街なのか、見事なイルミネーションという感じ。さて、ここは何処だろう。前回も気になったことだが、カトマンドゥ迄の航路を知りたかった。何しろカトマンドゥの北には世界の屋根ヒマラヤが聳えている。8,000m級の山越えで直ぐにランディングは無理だと聞いたことがある。それとカトマンドゥ空港は世界でも最も条件の厳しい飛行場の一つと聞いていたのでいつも心配になり、到着するまでは気持ちが落ち着かない。

スチュワーデスにチベットか、と聞いた。英語が正確でなかったのか埒があかない。そこでパイロットに同じ質問をする。なんとバングラデッシュの北部だそうだ。なるほどヒマラヤを越えるのではなく、南側からカトマンドゥに入るわけだ。確かに地図を見ても上海からカトマンドゥのルートは決して南下ではない。若干南下するがほとんど西南西という方向だ。到着予定時間近くなると地上の灯りが塊となって見えてくる。いよいよネパールの集落の上を飛んでいる。無事に予定時間にランディング。

飛行場での手続きは2月の経験もあったので慣れたもの。1ドルだけ現地通貨に交換し入国する。ロビーを出て柵の外では懐かしいオルンと相棒が待ちかまえていてくれた。緊張した気持ちが一瞬にして解けて一安心。相変わらず入国者の荷物を奪うように大勢の人がよってくる。払いのけるようにして、オルンの用意してきたタクシーに乗る。これも前回の学習効果有りだ。前回は勝手分からずでお金を巻き上げられたことが懐かしい。お前らの手には乗らないぞ、って一寸した優越感を感じてしまう。いや俺はネパールには素人ではないぞ、って事に自己満足している自分を発見。タクシーも前回のラムさんではなく、別の人だった。ラムさんは仕事を辞めて田舎に帰ったそうだ。会いたかったな。インド系の人懐っこい顔の人だった。相変わらず喧噪の中を縫って走る。市内は政情不安を聞いてた割には警戒が厳しい感じはしない。一路今夜の宿ホテル・バイシャリを目指す。バイシャリはタメルの中心にある高級ホテル。現地との行き違いで別のホテルが予約されていたが、一日前に現地入りしていた相棒の判断でノーチャージで変更してもらった経緯があった。

ホテルは現地の代理店ガーレの事務所の近くにある。先ずは事務所で料金の清算や明日からの打ち合わせをする。ガーレはアンナプルナの随行で出掛けているため弟が待っていた。20才と聞いていたが落ち着いた青年。歳に似合わずさすが任されるだけの器量を持っている。2月に会ったときより一層大人びていた。そう言えばオルンもすっかり大人びて半年前の可愛い青年ではない。この国はどうして若いうちから大人びてくるのだろうか。多分、田舎から出てきて自活しなければならない緊張と背伸び意識が精神的成長を早めているのだろうか。引き替え、日本の若者がフリーターでいつまでもモラトリアムから脱せないのとは大違いだ。

ホテルに荷物を置き夕飯を食べに外出する。前回行った「デリマ」に行く。小道の奥にあるレストランなので再発見するのに手間がかかった。タメルの中心にあるのに緑が豊富で静かな落ち着いた佇まい。味もそこそこ。量が多いので二人でシェアしながら食べる。さすがにカトマンドゥの夜、野外だと一寸寒い。腹ごしらえをし、スポーツショップやセーターをウインド・ショッピングしながら帰る。
天井では鼠の激しい争う音が響き渡ったがさすがに疲れもあって直ぐに寝てしまった。


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